04 触れさせて
いま、目の前にいて、手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離にいるはずなのに、この人のいる場所は全く違うところにいるみたいで、まるで違う次元に生きているかのよう。この人の周りが静かすぎるからなのかしら、それともわたしが騒がしすぎるからなのかしら、なんて答えの出ないことをえいえんと考えている。
「なにを考えている」
闇のなか、そっと落とされた声は昨晩からずっと降り続いている雨垂れとまざる。わかってるくせにとくちびるを尖らせると、君のこととなるとわからないことだらけさ、と小さく小さく笑う。ウソばっかり。わたしばっかりが、彼のことが好きだし、彼のことを知らない。でもわかっていることをひとつあげるならば、寂しくなってしまう夜に、息を感じる距離で互いを求め合ってしまうことぐらいだろうか。あたたかいのに、つめたい。なんでだろう。二人とも、それぞれに大切なひとを心の中で生かし続けているからだろうか。わたしの中にいる彼も、彼の中にいる彼女も、えいえんに生き続けている。それだけじゃうまらないちょっと余ったこころの空白をうずめるように、触れることをためらいつつも、わたしたちは一緒になることを選んだ。そんなどうしようもない、とりとめのない、午前二時。くちびるとくちびるをそっと合わせる。やっぱりあたたかくてつめたい。大きな胸に顔をよせると、たばこの香りが鼻をかすめた。そこでようやっと彼自身に触れられた気がした。