68 月光(『
75波打ち際』と同じ夢主)
まぶたを閉じても開けても青くて、同じじゃないのと思うけど、目をつむっていたほうが生身に近い彼を思い浮かべることができる気がして、また閉じる。こんこん。青い世界の中で彼を創造する。けれども、とがった歯を見せてわたしを呼びかける彼はどこかちぐはぐで、わたしの右手を引いているそのてのひらは、やわらかさもあたたかさも感じられない。声も顔も背格好もはっきりと覚えているのに、やはり創造では限度がある。それに夢を叶えた彼は、前会った時とちょっとずつ変わってしまってるかもしれない。もっと、もっと集中しなければ。けれど集中すればするほど、本当のまぶたがゆうらりと落ちてきて、頭の芯がふにゃりと溶けていく。よくわからないたくさんの思考の波がわっと押し寄せてきて、創り出した彼はあっという間に波に攫われてしまった。そしてわたしもその大きな波に呑み込まれた。
いつのまにか眠っていたらしい。意識がふわりと上昇する。そっとまぶたを持ち上げた瞬間、「起きた?」真後ろからずっと聞きたかった声がした。それは想像より遥かに煌めいていて、とくとく、血液が流れ出す。夜なのに、忙しない心臓。夢と現実の区別がつかなくなったのかと自分の頭を疑ったが、背中に感じる脈打つ鼓動はたしかに現実で、首筋にあたるやわらかな息があたたかいのだから、本人に違いない。そういえば、彼が飛び立つ前に軽い気持ちで合鍵を授けたような気もする。「いつ来たの」「さっき」「ほんとに?」「そんなことで嘘つかねぇよ」後ろから手がぐんと伸びてきて、おもむろに左手に触れる。わたしのまるい指を確かめるように行き来して、ちょっとくすぐったい。くふくふ、笑う。つられて小さく笑う甘い声。そしてなぜかひんやりと冷たい感触。「凛、これ」「ああ、待たせたな」「…でも抜けちゃいそうだよ」試しに小さく手を振ってみると左右にかすかに揺れた。「サプライズだったからな…」また買い直す、と言葉を付け足して、彼の細長い指がわたしの薬指をなぞって輪を取ろうとする。「ダメ。もうこれはわたしのだよ」悪さをする不埒な指を弾いて、中指に嵌め直す。「ぴったりじゃん」ふふん。勝ち誇った気分で笑うと大きなため息が一つ。肝心な時に決まらないあたりが、実に彼らしい。負け惜しみみたいに「そうかよ」と吐き出した声音に、わかりやすいなあと寝返りを打つ。窓からの月明かりと紺色だけの世界。そのなかで、彼の輪郭をゆるりと撫でた。創造よりずっと美しい姿が、そこにはあった。「これからは、一緒だ」「わたし、ひとよりずっと歩くの遅いよ」「それくらいの方がちょうどいいだろ」