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 10 綺麗な指(『81響きあう』と同じ夢主)

 「つ、月島くん?!」わたしのお気に入りである月島くんの指が白い布で覆われているのが目に飛び込んできた。驚いて叫ぶと、朝の静かな教室でわたしの声だけがわんっと谺した。けれどもそんなこと気にしない。これはちょっとした事件だ。あの美しくて細長いのにどこか無骨で男っぽいあのバランスのとれた指を眺めるのがわたしは好きなのに、なんてこった。けれど当の本人は「なに、朝から騒々しい」と煩わしそうに顔をちょっとしかめた。「なんで指…、というか手全体包帯ぐるぐるなの? なにこれ? とうとう折れたの?」「とうとうってどういう意味」「常日頃、折れそうなくらいに細長くて綺麗な指だなあって思いながら眺めてたからさ、でへへ」「気持ちが悪い…。てか簡単に折れるほどやわじゃないんだけど」「じゃあ折れてるわけではないのか」とりあえず折れたり皹が入ってるわけではないようで一安心。ほっと息をつく。だったら考えられるのは打撲や捻挫だろうか。それにしてはかなり大袈裟な気もする。怪我の具合を尋ねてみると、間髪入れずに「指と指の間が昨日の試合で裂けてこうなった」と月島くんは怪我を負った経緯を坦々と説明した。牛島さんという日本三代エースの一人が放った強烈なボールをブロックしたら、指の間が裂けてしまったのだとか。いやいやいや。待って。牛島さんどんだけすごいのよ。指と指の間が裂けるってどういうことですか。「なんか、想像を遥かに越えてた…。指と、指の間が裂ける…、うわ、痛い…」「成瀬さんは痛くないでしょ」「想像だけで十分に痛いってば。月島くんは超怪力ゴリラと対戦してきたんだね」思ったことをそのままに言うと彼は吹き出したように笑った。あ、珍しい。「ぶはっ、ゴリラって。確かにゴリラ並みの力だとは思うけどさ。そこまでストレートにゴリラって言われると、裂けたのも当然かって思えてくるよね」お腹を抱えて未だに笑い続けている。わたしもゴリラそのものがコートにいる場面を想像してしまい、つられるようにして笑った。「わたしだったら指もげるかもしれない」月島くんはわたしの手を上から覗き込んで「…まあ、否定はできない」と言った。自分の両手をまじまじと見る。丸みを帯びた短い指。その指の関節にはあかぎれがあって、少し血が滲んでいる。月島くんの細長くて綺麗な指とは比べ物にならない。見られているのが恥ずかしくなって、両手を引っ込めた。「なんで隠すの」「…なんとなく?」誤魔化すようにはにかんでみせると、月島くんはふうんと相槌を打って、体を前に向けて一限目の教科書を出し始めた。時計を見るとホームルームまでまだ時間はある。一限まではもっと時間はある。もうちょっと月島くんとお話したかったなあ。そう思いつつ足をブラブラさせて時間を持て余していたら、前の席の月島くんはふと肩越しに振り向いた。どうしたの、と聞くよりも早く机の上に置かれたのは小さなハンドクリーム。「これ塗ればましになるかもね」そんな言葉を添えて再び前を向いた。そして「それもう使わないからあげる」と続けた。「ほんとに、いいの?」返事はない。「これ塗ったら、わたしも少しは月島くんみたいな綺麗な指に近づけるかな?」数秒遅れて「さあね」と放たれた言葉は、そっけないわりにどこかやわらかな響きだった。