02 青い空
もくもくと湧き立った入道雲の隙間を埋める鮮やかな青に思わず目を奪われる。鳥取のスケールの大きい空ではなく、ビルが建ち並ぶ雑然としたところから見える空だけれど、十分に立派だった。
あの空のずっとずっと向こう側で、心に大きな夢を纏った情熱的な彼は瞳を輝かせて今頃悠々と水を掻いているのだろうか。最近空を見上げる度に彼のことを思い出してはちょっぴり感傷的な気分に陥ってしまう。そして視線を地面に落とす。灼熱のコンクリートと空の距離を考えて途方もない気持ちになる。
「さみしいのか」
静かに落ちてきた声に驚いて顔をあげると、遙がじっとわたしを見ていた。場所は違うけれど、同じ舞台を見つめているその瞳はイヤになるほど彼と一緒で、わたしにはとても遠い存在だった。
さみしい、のだろうか。 口に出して「さみしい」と小さく呟いてみる。けれど、先を行く彼に置いて行かれることをさみしいという感情にしてしまうのは少し違う気がした。答えあぐねていると、遙は「心配するな」と力強く云った。
「心配、か」
そうだ、心配をしているのだ。まっすぐでひたむきで素直な彼がまた大好きな水泳に裏切られていないか心配だったのだ。すとん。お腹の底に感情がおさまる。さみしいもちょっとある。心配はもっとある。けれど、空を渡った遠い彼と同じハートを持つ遙がそう云うのならば、きっとわたしのこんな気持ちなんて杞憂に違いなかった。
「うん、わかった」
遙はそんなわたしに気づいてぐしゃぐしゃと乱暴に頭を混ぜた。もうやめてよ。抗議をしてもやめない彼の手を払おうとすると、少し斜め後ろからくすくすと笑い声が上がった。
「真琴、遙をとめて」
声をあげても彼は肩を震わせて笑うばかり。とめる気配はまるでなく、彼特有のゆったりとした口調で云った。
「きっと凛の方が寂しがってるんじゃないかなあ」
「そうだな」
「えー、絶対にそんなことないよ。オーストラリアンなナイスバディの女の子に囲まれてへらへらしてるよ」
「絶対ないでしょ。凛は春にぞっこんだから」
「ああ、ないな」
「ふふ、わかんないよ」
本当に、ないと、いいな。そんな言葉を胸の内で走らせて、再び青い空を見上げた。次彼に会う頃にはこの空は澄みきっていて、雲は疎らになっているのだろう。彼に会ったら雲の隙間の青について話そうと思った。