01 溺れたい
「真琴が心配してたぞ。春がオーバーワーク気味だって」
「真琴は心配性だからねえ」
彼女は他人事のようにのんびりとした口調で応えた。人の気も知らないでよくもまあそんなのんきに言えたもんだ。久々に会ったというのに、眉間にしわを寄せてしまう。
部活が終わって急いで来たからか、毛先がまだ濡れていて、動くたびに水滴が散った。きちんと髪を乾かしてから来いと毎度口が酸っぱくなるほど言っているのに、春は一切なおす気がないようだ。風邪ひいたらどうすんだよ。こういう小言を呈すると、すぐにおかんみたいだと笑われる。
「身体壊したら元も子もねえのはわかってんだろ?」
「もちのろーん」
「…おまえなあ」
両頬を引っ掴んでのばす。思ってた以上にのびた。コイツ、体に贅肉はほとんどと言っていいほど付いていないが、どうやら頬に蓄えていたらしい。
「り、ん、なにしへんの」
「へえ、よくのびる」
「…いひゃい」
「そりゃあな」
降参、と春は両手をあげた。
幼馴染の影響なのか、春は時間の許す限り泳ぎ続ける。まるで立ち止まったらそのまま溺れてしまう恐怖に衝き動かされているようにひたすらに泳ぐ。ハルのように水が好きという理由ではない。泳ぐことが、好きなのだ。だから、誰かがセーブをかけなければ、春は永遠に泳ぎ続けてしまう。好きで仕方なかったものが、できなくなる恐怖を彼女はまだ知らない。いつの日か、無理が祟って泳げなくなったら、彼女はきっと死を選ぶような、そんな人だ。
周りの人間はどうしてこうも自分のキャパシティを超えたことをしてしまう人が多いのだろうか。肩を壊してしまった友人の姿が、頭に浮かび上がった。
「なあ、今日は息抜きすっか」
「へ? テスト勉強は?」
「お前そんなに頭悪くないだろ」
「でも英語とか心配だよ?」
「ついこの間、駅前に小さなカフェできたから行ってみようぜ」
「宗介くんと行けば?」
「…誰が好き好んで男同士でカフェ行くかよ」
「いいじゃん、美男子同士!」
「よくねえって」
春の手を握る。お互いに部活のあとだからどちらもひやりと冷たい。
春が泳ぐ手や足を止めて、溺れても生きていけるようにする術を、再びオーストラリアに行く前に教えなければと胸に誓った。