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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


 89  366日

 現実味がなく、ふわふわと地に足がついてない感覚とでも言えばいいのか、雲の上を歩いているような、水面の上を歩いているような、そんな夢心地な気分。紙の上だけの約束を、市役所に提出しただけの、たったそれだけのことなのに、とても特別な気がするから不思議だ。
「ほんとうに、わたしたち結婚したんだ」
 ふと口からこぼれ出た言葉に、彼はからからと笑った。
「そう、今日から迅春」
「うわあ、なんか信じられないや」
「なんで」
「だって…、」
 だっての続きは、昔からそうなったらいいなあっと夢見ていたから、だ。なにもすることができなくても、誰にも言えない孤独をひとりで抱え込んだ彼の傍に居続けられたら、とずっとずっと思っていた。けれど、そのまま伝えるのはさすがに恥ずかしい。言葉を中途半端に止めたまま、足だけ進める。
 彼は「だっての続きはないんだ」とまた笑った。
「おれは、こうやって家族になるのをずっと前から視てたよ」
 思わずとなりの彼を見る。彼はまっすぐ向いたまま、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。わたしもつられて口もとがゆるむ。うれしくなって、彼の左腕に絡みついた。