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 07 君の声

「アンタとこういうの、もう何回目だろうねィ。いい加減飽き飽きでさァ」
「一々数えてませんよ、そんなの」
「けど前と比べてちょいとやっかいだな」
「ああ、多分それ、隊長が疫病神憑きだからですよ」
「それ俺の台詞だろィ」

 場違いなほどにお互いの声は間延びしていて緊張感の欠片もない会話に自分でも少し笑ってしまう。ここは道の狭い路地裏の十字路。巡察中、沖田さんと私は浪士と思われる集団に包囲されてしまった。こちらの市内巡察の経路を読まれていたようで、こういうことは今までに幾度とあったが、今回は桁違いに人数が多い。確実にこの狭い路地裏で私達を袋叩きにする計画を長い時間をかけて綿密に練っていたようだ。
 帰路についたら、副長に巡察経路を一から考えてもらわなきゃなあ、なんて暢気に考えていると、じりじりと浪士たちがにじり寄ってくる。その中で何人かが行灯を腰に差しており、その灯りが暗闇の中、私と隊長の顔をぼんやりと浮かばせた。
 これは不利だ。大人数を相手にする場合は、闇に紛れて少人数で斬り込み、大人数の方は敵味方がわからず狼狽しているところを討つのが定石だからだ。隣にいる彼も同じことを考えてるようで、小さく舌打ちが聞こえてきた。考えていることがわかるのは、長年の付き合いからだろう。
 リーダー格であろう輩が合図をした瞬間、次々と私達に見境なく斬りつけてくる。それからもう何人斬ったかわからなくなってきた頃、沖田さんはうんざりだと肩を竦めて、鼻で嗤った。

「これ、終わりそうにねえな」

 私は表情を変えず、肚の中で苦笑いした。

「体力全てを根刮ぎ無くす魂胆なんでしょうね」

 また一人、勢い良く向かって刀を突いてきたが、私は静かに刀を構えた。平星眼で沖田さんよりも少しだけ右寄り、左籠手が空いているところに相手がすかさず飛び込んでくるが、予測がついていたのでその手前で素早く相手の右籠手を斬り落とした。そして彼の形の良い薄い唇が動く。

「やっぱり疫病神はきっと春でさァ」
「絶対に違いますって」

 沖田さんはからかいながら、飛び込んできた浪士の男の顔を右こめかみから叩き割り、のけぞった死体を踏み込んだ。彼の太刀筋はこんな状況の中でもひどく落ち着いている。

「あーあ、もう刀に脂がまいて、只の棒切れ同然だ。もう斬れやしねェや」
「そんなこと云ってる場合じゃないみたいですよ」

 周りは暗澹としており死体も何体横たわっているのかはっきりとはわからない。噎せ返るような血の特有の臭いが鼻腔を満たしていることから、惨憺たる光景には違いない。
 隊服には自分の血なのか返り血なのか区別がつかないほどにベッタリと付着しており、気持ちが悪い。
 もう無限に湧いて出てくる浪士にどちらも辟易していた。
 体力が徐々に削られているのを感じて、深い溜息を零す。その様子を察した沖田さんは「春、老けた?」と厭味ったらしく云うもんだから「そう思ってんなら、隊長はもっと本気出してくださーい」と反射で返す。「こんな雑魚ばっか相手に本気なんか出さねェよ」こんな窮地に立たされても飄々としており、彼の毒舌は健在だった。
 けれども、お互い既に肩で息をしているのが伝わる。
 お陰さまで援軍を呼ぶ暇すらない。もう既に辺りは暗く、かなり時間が経っているだろうから、屯所内はもうそろそろ異変に気付いて行動を起こしてもおかしくはない頃合いではあるが、まだ援軍が来る気配はない。
 そんなことを考えている隙に、私の前後を浪士が取り囲んでいた。
 一人は頭を瞬時に狙い骨ばった頬を砕き割る。振り向きざまにもう一人殺ろうと身体を無理矢理捻るが、思ったより間が詰められている。

 しまった、

 と目を瞠ったときにはもう既に遅く、相手の刀が私の頸動脈をきっちりと狙っていた。
 だがその刀を差し上げた右腕がわっと落ちた。浪士は驚く暇も、瞬きをすることもなく、次には頭が吹っ飛んだ。綺麗に弧を描いてどさりと道端に転がり落ちる。そのとき、私の顔に血飛沫がかかる。数秒後、遅れて首と片腕がなくなった目の前にあった身体が崩れ伏した。その見事な一連の動きはやはり、浪士の背後にまわっていた沖田さんの仕業だった。ぬらりと妖しく光る刀の波紋は血で濡れており、切先からしとどに落ちていく。容赦とかそんな言葉を持ち合わせてはおらず、同情も憐れみもなにもない瞳を静かにおとしていた。

 それを見て、判断力をとうに失った浪士の同胞二人が叫び声をあげながら再び沖田さんに斬りかかる。呆れるほどの素早さで彼は、一人を片手一太刀で頸を薙ぎ落としながら、もう片方の手に持った脇差しでその横の男を斬り下げ、同時に男が持っていた行灯を大きく蹴飛ばして路地に転がした。辺りはほぼ闇一色で、月明かりがまあるく肩を薄く照らしている。
 そんな中、また私の背後に沖田さんはまわり、敵を寄せ付けない。顔窺えないがきっと眉間に少し皺を寄せている。「なにぼさっとしてるんでィ。でっかい貸しイチなァ」脇差しを鞘に納めながら、剣呑な声音で吐き捨てた。ここは流石に沖田さんの云うことに一理あるので素直に助かりました、と柄を強く握り直しながら礼を云う。
 彼の圧倒的な強さに浪士たちは戸惑い、恐れている。しかしじりじりとまだ隙を狙って様子を窺っている。緊迫した空気の中、息をつきながらも口を開いた。

「ねえ隊長、ここで私が死んじゃったらどうします?」

 沖田さんが眉をひそめて刀の柄を握りしめたのが背中越しに伝わった。きっと何を今更そんなことを、と怪訝に思っているに違いないが、口から一度滑り出てしまったものはもう戻せない。

「死ぬなら春だけ死ね。俺は死んだアンタを嘲嗤ってから誰かわからないくらい細かく人体を微塵切りにしてやるから安心してろィ」
「…おえ、なんだか吐きそう…」

 自分のそういう姿はあまり想像したくないものだ。間髪入れず、しれっと沖田さんらしい答えが返ってきたが、その言葉が先程の私の失態に助太刀したことと矛盾しており、小さく笑いが込み上げた。

 微塵切りはイヤだなあ、と独りごちりながら、わっと前に飛び込んできた男の刀を鍔本から叩き折り、一歩踏み込んで左袈裟に斬ってからさっと飛び下がる。
 それから素早く踵を反すと、沖田さんも同じことを考えていたようで顔を向き合わせる。それは刹那のことだったが、そのすれ違い様に言葉を交わした。

「隊長、二手に別れましょう」
「そうするか」
「死なないでくださいね」

 お互い反対の方向に駆け出した。その際「春に心配されるなんざ、世も末でさァ」と背中に掛かった軽やかな笑い声は、この場ではあまりにも不釣り合いだった。