03 大切なもの
「手ェ、もう震えないんですねィ」
沖田の指摘に、そうですねえと春は柄を握っている自身の手をまじまじと見た。入隊したての最初の頃とは比べ物にならないくらい、真剣がぴたりと手中に納まっていた。
「でも、まだ、馴れないんですよ」
人の命を奪う瞬間だけは、どうしても馴れない。肉体と魂をぶつりと断ち切る方法は、他に幾らでもあると思うのだ。
「…馴れてしまうものなのでしょうか」
一切震えなくなった手をもう一度見て、あはは、力のない乾いた笑いが洩れ出る。前の自分からは考えられないほど淡白で感情のない笑いだ。
沖田は先ほどまで息をしていた人間を跨ぎながら云った。
「アンタは、馴れたらダメでさァ」
どういう意味ですか、と訊きかけたところで沖田がそのまま続ける。
「その感覚がなくなったときがもし訪れたら、そのとき不器用なアンタは、人間の皮を被った化物になりまさァ」
沖田は振り向いて意味ありげに笑った。その顔があまりにも綺麗で思わず見蕩れてしまう。そんな春を気にも止めず、再び前を向き「だから、大切にしなせェ」と独り言のようにぽつりと落として、暗くて狭い路地裏を歩き出す。二人と鼠くらいしかいないこの空間では小さな声ですら拾い上げてしまう。
沖田はそれっきり黙ったままだった。春もそれ以降は黙ったまま、目の前の背中を追いかけた。
その背中は、大きな化物を覆い隠すには些か小さすぎる気がした。