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 96 溶ける

 暑くて目が醒めた。カーテンの輪郭が闇に溶け込んでいるので、まだ起きる時間ではないのだ。
 再び眠りにつこうとまぶたを閉じた。けれど、じっとりと体に纏う不快な汗が眠りを妨げる。クーラーをつけているというのに、この暑さは一体何なんだ。
 温度を下げるためリモコンを取ろうと体を動かすも、身動きが取れない。背中にぴったりと寄り添うように眠っている彼がお腹に腕をまわしているからだ。背中越しに静かに脈打つ心臓の音が聞こえた。
 なるほど、暑さの正体は彼だったのか。
 腰にまわる腕を解こうと試みるけどびくともしない。ぺし、ぺし、と弱く腕をたたいても解かれる気配は無い。眠っているのだろうかと思ったけれども、ふふっと不規則に肩に当たるやわらかな息が、起きていることを証明していた。
「准、起きてるの」
「うん」
「あついんだけど」
「そうか」
「准、あついよ」
「うん」
「ねえ、溶けちゃうくらいあついよ」
「うん」
 肯く声は、いつもの凛々しさはなく、甘える小さな子どもみたいな声で、ちょっとかわいい。その声につい笑みを洩らすと腰に回る両腕の力が強くなった。あついって云ってるのになあ。云うことを聞かない悪い子どもだ。
 なあ、と首筋に顔を埋めながら甘えた声で続けた。
「春、もうそのままいっそ溶けてしまおうか」
 云いながらするりと腰を愛撫する手つきは、子どもとは程遠い。さっきの子どもらしさはどこへ行ったのやら。
 熱くて扇情的な吐息を吐きながら「いいだろ」と耳元で云う彼に、わたしはただ流されるだけだった。お互いに有り余った熱が、静かに部屋に浸潤していった。