94 繰り返す (未来設定)
「だいぶ目立ってきたな」
「ね! 自分の体ながらに不思議だよ。中にエイリアンとか入ってそう」
「エイリアンて」
ソファに座った彼女が微笑みながら丸い輪郭に沿ってゆっくりとなでる。その顔は、もうすでに母親の顔をしていた。
「はやくあいたいねえ」
ふと、実家にずっと飾られてた写真を思い出した。白い布で包まれた生まれたての自分を抱いた母親と、その隣に寄り添うように立っている父親の写真。もう声も忘れてしまった記憶の中にいる母親も、今、目の前にいる彼女と同じように、穏やかな顔でお腹をなで、話しかけ、いずれ出会うこどもにはやくあいたいと待ち望んでいたのだろうか。
胸の中が優しいもので満たされ、熱いものがじわじわと喉元へせり上がってくる。気を少しでも緩めてしまうと、嗚咽が漏れそうになる。ぐっと鳩尾に力を入れて堪える。
「一也」
名前をそっと呼ばれて顔をあげる。見返す丸い目は、やっぱりやわらかい。
「泣きそうだよ?」
「そう?」
「うん、バレバレ」
幼馴染から恋人、恋人から家族、家族から父親にしてくれた春には、もう返せないほどのたくさんのものをもらっている。そしてこれからもきっともらい続ける。俺から少しでも春に返せているかわからないけれど、これからもこんな幸せを噛み締めながら生るのかと思うと、来世の分の幸せも上乗せされているのかもしれないなんてどうしようもない考えが頭を過ぎる。幸せすぎて不安だなんて、それこそ贅沢すぎる悩みだろう。
「ありがとな」
守るものが増えることが、こんなにも幸せなことだなんて、春がいなければ知らないことだった。
「こちらこそ」
俺の想いも考えもなにもかもすべて見通したような顔で春は肯いた。