60 知らないふり
「へえ、また振られたんだ?」
「…デリカシー無し男」
「語呂悪くない?」
「うるさいなあ。もうほっといてよ」
売り言葉に買い言葉。本当に可愛くない。そうだ、こんなんだから、私は振られたんだ。
「荒れてんなあ」
「だからほっといてって」
「はいはい」
それでもこの幼馴染はただ隣にいる。それだけだというのに、少しずつ心のつっかえが溶けていく。
ぼたぼたと顎から雫が滑り落ちていく。廊下に小さな小さな水溜り。すぐに蒸発して消えてしまう私の水分。そのままでは干からびそうだから飲めと手渡されたミネラルウォーターに素直に口をつける。ゴク、ゴク。口の端から水が零れるのも気にせず、勢いよく飲む。彼は目を細めて「いい飲みっぷりだ」といつものように歯を見せて笑った。それを見たら、黒くて大きな悲しみの渦は、飲み込んだ水と一緒に胃の中に消えていった。