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「#年下攻め」のBL小説を読む
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 73 迷子

 HE

 夕方からほんの少しだけ時間が空いて、周りから勧められるままに彼女と出かけることになった。そういえば、彼女と二人きりで外に出掛けたのはいつ以来だろうか。年末年始に実家に帰った時以来かもしれない。学校の近くで夏祭りが開催されているとのことだったので「行ってみる?」そう問うと、彼女は驚いたように目を丸めてから「うん」とそれはそれは嬉しそうに笑った。その顔を見たとき、誘ってよかったと心の底から思えた。

 繋がれていた手の温もりがいつのまにか消えていた。慌てて辺りを見渡したけれども、この人混みの中で春を探すのは極めて困難だ。携帯に連絡を入れてみたが、電波の届かないところにいますという機械音が入る。とりあえず彼女が興味のありそうな屋台を一通り巡って見たけれど、見つけることはできなかった。
 もう既に帰っている可能性を考えたけれど、彼女の性格を考えてもそれはないと言い切れる。何かトラブルに巻き込まれているのではないか。そんな嫌な想像が脳裏を過って胸に焦燥が立ち込める。同じ制服を着た何人かが不思議そうにこちらを見る視線を振り切って、もう一度あたりをぐるりと一通り回ってみる。すると聞き慣れた声が耳に入ってきた。そちらに目を向けると春が階段のところにちょこんと座っていた。隣には小さな男の子がいて、その子と楽しそうに喋っている。でもその男の子は彼女に手を振って母親らしき人の元へ駆けて行った。春はその男の子の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 ふいに春と目が合った。彼女は「あ」と口を大きく開けた。それから俺を見て安心したように笑ってゆるりと手を振った。かずや! と彼女は明るい声で名前を呼んだ。祭の喧騒の中でも、その声は俺にしっかりと届いた。ナンパされたり、どこか連れ去られてたりすることはなかったようで、ほっと一息ついた。
「迷子になったのそっちのくせに、俺が迷子になったみてえなんだけど」
「ごめんね」
「携帯も繋がんねえし」
「充電切れちゃって」
「しかも男と一緒にいるし」
「え〜? 五歳児に嫉妬?」
「悪いかよ」
 やっぱわたしの一也はこっちの一也だなあ、と訳のわからないことをぼんやりと呟いていたけれど、へらりと嬉しそうに笑うこいつをみるとなにもかも許してしまう。今度こそ逸れるまいと繋ぐ手に力を込めた。もう迷子になるのはこりごりだった。



 SHE

 掴んでいた手がなぜかするりとほどけてしまって、あっという間に人混みに押し流されてしまった。同じような屋台が連なっていて、今自分がどこにいるのかもよく把握できていない状態だ。久々に出かけたデート先ではぐれてしまうなんて本当に運がないなあとまるで他人事のように思いながらきょろきょろと周りを見渡したけれど、彼の姿は見つからなかった。連絡しようと携帯を出したけれど、光が灯らないではないか。電源ボタンを何度押しても、画面は真っ暗なままで反応がない。やってしまった。肝心なところで役立たずの携帯をカバンに入れて、とりあえず見つかりやすそうな場所を探す。
 そんな中、小さな男の子が一人でぽつりと立っていた。泣きそうな顔で、辺りをきょろきょろと見回している。その目は不安げに揺れていた。
「迷子?」
 問いかける。まだ五歳くらいの男の子だ。
「まいごじゃねえ!」
 恥ずかしいと思ったのか、涙を小さな手の甲でぐいっと拭いて、顎を突き出すようにしてわたしを見た。まだ小さいのに男の子のプライドがきちんと備わっていた。そういえば、小さい頃の彼も目の前にいる男の子と同じように、弱みを見せたくないところがあった。それは今でも変わらないけれど。
 しゃがんで彼と同じ視線になって、なるべく警戒されないようにへらりと笑った。
「えへへ、一緒だねえ。わたしも迷子なんだー」
「だからまいごじゃねえ!」
「でも一人なの?」
 彼はバツが悪そうに視線を逸らし、唇を尖らせた。
「そうだけど…」
「じゃあわたしと一緒にここにいてくれる?」
 震えている小さな手を両手で包み込む。すると照れ臭そうにそっぽを向いて「しかたねーな、いっしょにいてやるよ」と自身の胸をとんと叩いて、穴ボコだらけの歯をみせて笑う。まるで真っ昼間の太陽みたいに底抜けに明るい。さぞかし女の子にモテるのだろうなあなんて思う。
「お名前は何ていうの?」
 繋いでる手はわたしの手よりもずっとあたたかい。小さい子の手はこんなにも力強くてほかほかしている。
「かずや」
 あまりにも慣れ親しんだ名前で思わず「え?」と聞き返してしまった。「だーかーらー、かずや!」とおおきな声でかずやくんは繰り返す。
「わたしの知り合いも一也って言うんだよ」
 ぶん、と繋いだ手が大きく振られる。びっくりして「わっ」と小さく声が出た。思わず彼の顔を見ると、小さな悪戯を成功させたことに満足そうに笑っていた。先ほどの泣きそうな顔はどこにもなかった。男の子って、すごい。足が疲れたのか歩く速度がゆっくりになってきたので、少し人混みから遠ざかった階段に座る。
「へえ。そいつおねえさんのかれし?」
 想定外の切り返しに思わず目を瞠る。最近の子はみんなこんな感じなのだろうか。自分の小さい頃の記憶を辿るも、すぐに想い出すことは出来なかった。
「かずやくん、鋭いねえ」
「おねえさんわかりやすすぎ」
 くくく、と生意気に肩を揺らして笑っているかずやくんは、まるでどこかの誰かさんにそっくりだった。そんなかずやくんが突然「あっ!」と弾けるように声をあげて指差した。指差した方向には、少年と顔立ちの似た女性が必死に辺りを見回していた。
「ママだ!」
「きっとすごく心配してるよ。早く行ってあげて」
 かずやくんの大きな瞳が不安そうにこちらを見上げた。
「おねえさんは、だいじょうぶ?」
「うん。すぐに見つかるよ。一緒にいてくれてありがとうね、かずやくん」
「どういたしまして! バイバイ、おねえさん! かずやとなかよくな!」
 うん、と肯いたら、かずやくんはまたすきっ歯を覗かせて大きく手を振った。わたしも大きく手を振り返した。
 それからすぐ、一也が見えた。目が合って、「かずや!」と名前を呼んで手を大きく振った。すぐに駆け寄ると、彼は安心したように大きく息をはいた。そして「迷子になったのそっちのくせに、俺が迷子になったみてえなんだけど」と眉を寄せて呟いた彼に思わず笑みが洩れた。けれども、額にはうっすらと汗が滲んでいた。必死に探してくれていたのだ。
「やっぱりわたしのかずやはこっちのかずやだなあ」
 ふいに零れた声に彼は不思議そうに首を傾げた。そして自然と繋がれた手に力がこもったのはいうまでもない。もう、はぐれませんように。