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 69 愛しいひと

 迅ってツン、とつつくとそのままふにゃりと潰れてしまいそうだよね。
 そのまま伝えると、彼は顔をしかめるように苦く笑う。その笑い方があまりにも頼りないものだから、まるで弱いものいじめをしているみたいな気分になる。夏の終わり、海辺に打ち上げられ苦しく蠢いているミズクラゲが脳裏にぼんやりと浮かび上がった。透明で、下の岩肌が見えてしまうような、そんな頼りない存在。
 そんなやわじゃないでしょ、おれ。
 そうかな? 首をかしげる。そうだよ。彼は静かに頷いた。
 木陰にいるからか、わたしを見つめる双眸は深い藍色に染まっていて、葉の間から零れる光がその中に宿っていた。きらきらと輝くその光は、海の底から太陽を見上げているようだった。彼が海に打ち上げられているクラゲだとしたら、わたしは深海に住む名も知られていない魚だろう。
 どこかいつもギリギリのところで立っている気がするんだけどな。彼のひとみの中に揺らめいている光を目で追いかける。
 でもそういう危ういところに魅かれているだなんて、彼に対するわたしの感情は歪んでいるのかな。
 そんな儚げな姿がとても愛しいと思うの。
 彼はわたしの何もかもを知っているようでいて、本当のところ、何一つ知らないのだ。