「なまえ」
「なに」
「僕、イタリアに行くよ」

事も無げに、例えばちょっとコンビニ行ってくるみたいな軽い調子で切り出されて、私は言葉を無くしてしまった。
ボンゴレの沢田綱吉についていくのだという。曰く、彼の未来に興味があると。
興味。彼らしい理由だ。

「雲雀ってホモ?」
「……」

寝惚けた頭に容赦の無いデコピンが炸裂した。

「い゛ぃッ!?」
「……君をそんな格好にしたの誰だと思ってるの」

そういえば私裸だった。それは雲雀も同じで、ここはベッドの中。つまりは、そう言うことで。雲雀のホモ疑惑はあっさり解消した。私馬鹿過ぎる。
痛さの余り悶える私を見て、雲雀は心底呆れたようにため息をついた。

「……もう少しショック受けたっていいんじゃない」
「いや、ちょっといきなり過ぎて実感湧かないっていうか。……本当に行っちゃうの?」
「うん」
「……そっか」

居なくなっちゃうのか。言われた事を漸く呑み込んで、思わず声が小さくなる。もう雲雀に会えなくなるのか。イタリア、遠いなあ。考えている内に悲しい気分になってくる。

雲雀と、さよならなんだ。

いつの間にか着替えていた雲雀は黙ってキッチンに消えた。水道の音が聞こえる。明け方の薄暗い部屋で、私は枕をぎゅっと抱いた。
昨日の夜に、雲雀の匂いがするなあなんて思っていたそれは、離れていった体温が残っていて温かい。
雲雀と、会えなくなる。
メールだって電話だって、繋がる手段はいくらでもあるのに、傍に居られなくなると知っただけでこんなに悲しくなるなんて思わなかった。泣きそうになって枕に顔を埋める。昨日の体温。いつかの手の感触。笑えたり笑えなかったりする、それでも大切な、雲雀との思い出。これだけのものを私に与えておきながら、イタリアですか。淡白過ぎるのはお前だろうがこの野郎。あーどうしようホントに泣けてきた。死んでも泣き顔は見せたくないって、ずっとそう思っていたのに。

「……何でそんな簡単に言っちゃうのよ」
「なまえ」
「会えなくなるのに」
「……こっち見なよ。なまえ」

ベッドのスプリングが音をたてて軋む。背中に触れた冷たい掌を拒む様に首を振ると、強い力で肩を掴まれ、枕ごと仰向けにされた。

「それ退けないと噛み殺すよ」
「今顔酷いから無理」
「これで最後なんだ」
「!」

枕が奪われて、視界が明るくなる。
覆い被さる雲雀は、いつも通りの無表情。

「嘘だけどね。冬の間はまだ日本に居るよ」
「ひど……」
「強情な君が悪い」

馬鹿じゃないの。
声が掠れる。
雲雀は何一つ表情を変えずに私を見つめている。ただ少しだけ、その黒い瞳が揺れた気がした。確かめる前に、涙が溢れて止まらなくなった。

「君は連れていかないよ」

君は弱いから。
額に雲雀の唇が触れる。そりゃ、天下の並盛中風紀委員長様に比べたら誰だって弱いですとも。

「守るなんて柄じゃないしね」
「……私、貴方の恋人ですよね」
「一応ね」
「……なんか今すっごい悲しくなった」

雲雀は笑う。
つられて私も笑ってしまった。
悲しい思いもあったけれど、いつも通り過ぎるやり取りに、可笑しくなった。
きっと、これが雲雀と私の距離なんだと思った。
近いけれど、べったり引っ付いている訳ではない。
二人で歩くのには丁度良い、雲雀が望む距離感。
……私が望むよりは遠い距離。
この男が何処までも自由な雲である限り、この距離はずっと無くならないのだろう。

「……メールくらい、してね」
「もう引き留めたりはしないんだ」
「したって聞かない癖に」
「ワオ、君にしては聡いね」
「……浮気しないでね」
「そこら辺の女に構うほど僕は暇じゃないよ」
「……やっぱりホ」
「噛み殺す」
「にぎゃああああああ!!」

本当はもっと未練がましく泣いてすがりたい気持ちもある。
でも雲雀が悲しまないなら、笑って見送ることにしようと思った。
海を隔てていても、メールひとつで微笑み合える。そんな関係もきっと、悪くは無い。

「また、会いに行くから」
「ん。待ってるよ」

未来はきっと、明るい筈だ。





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