05:友


「名前、どこに行っていたの?」
誰もいないと思っていた寄宿舎に戻るとミカサだけが部屋の中にいた。他の人たちはもう食堂へ行ったのだろう。

ミカサの掴みかからんほどの勢いに押されつつも、しどろもどろに言葉を返す。
「えっと……夢中で自主訓練をしていたらこんな時間になっちゃって……」
ハハハと上手くない笑いをこぼしながら別の話題はないかと考える。
「ミカサこそどうしたの? 食堂には行かないの?」
私のその言葉を聞いたミカサは一瞬目を見開いて、長い睫毛を伏せた。
「名前を待っていた。いつもなら戻ってくる時間になっても戻ってこないから、心配した」

その言葉を聞いてハッと顔を上げる。ミカサの気持ちも知らずに私は……。
「ごめんミカサ……! 心配かけたよね……本当にごめん」
私は本当に最低な人だ。アルミンを傷つけた上、ミカサの気持ちも知らずに、自分のことしか考えていない。シンと静まった部屋の静けさに耳が痛くなる。

もう呆れられたかもしれないと思っていると、突然ミカサが私の腕を掴んだ。
「怪我をしている」
「ああ、手の甲のかすり傷くらい放っておいても治るから。それに水で洗ったからもう大丈夫だよ」
「いけない。ちゃんと消毒をしておこう」
「え、本当に大丈夫だって。それに夕御飯食べそびれちゃうよ!?」
そんな私の叫びに構わずミカサは治療室へと私を引っ張って行く。前を歩くミカサの背中を見ながら、私は思わず笑みをこぼした。こんなに親身になってくれる同期がいてくれることが、嬉しい。


手の甲は自分でやりづらいからとミカサは手当までしてくれた。
さすがに後片付けくらいは自分でするからと申し出てミカサを椅子に座らせる。そのミカサの視線を背後から感じながらも片付けを始めた。カチャカチャと器具がぶつかり合う音だけが空間を支配する。その空気を裂くように、どこか探るようなミカサの声が背後から私を撫でた。
「最近、アルミンに元気がない。何か病気なのかと心配したけれど、そういう訳ではなさそう。名前は、何か知っている?」
思わず手の動きが止まった。後ろにいるミカサの表情は確認できないけれど、きっと本気で心配しているのだろうと想像できた。止まっていた手を動かす。
「いや……最近アルミンと話してないから……」

アルミンが目に見えて元気がないなんて、絶対に私のせいだ。同期とギクシャクした関係になって落ち込んでいるのだろう。たかが同期の一人である私のせいでアルミンがそんなに落ち込んでいるだなんて、思いもしなかった。
もう器具を片付ける音さえしない。暫く無言が続いて、不意にミカサが口を開いた。

「アルミンの元気のなさは異常だ。この訓練所に来て一番の元気のなさだ」
「そ、そうなんだ……」
アルミンがそれほどまでに同期との仲を気にしていたなんて。
逃げずにちゃんと謝って、せめて同期の一人としてアルミンと接することができるようにするべきだ。
私はそう決意してミカサと食堂へ向かった。


食堂の入り口に入った瞬間、人目を引く金色の髪の彼とバッチリ目があった。
咄嗟に視線を外してしまう。
ああ、またやってしまった……。
こんなことじゃ前に進めないのに……。
食堂のガヤガヤした音がやけに煩い。

「ミカサ〜名前〜! こっちこっち!」
騒音の間を縫って声が聞こえた方を見ると私達を手招きしているミーナの姿が見えた。ミーナは3人分のトレーを目の前に置いていて、その向かい側に座っているサシャが獲物を前にする肉食動物のような形相でそのトレーを見つめている。

サシャは私達が来たことを確認するとあからさまに残念そうな顔になった。
「間に合ってよかった! あと少しでミカサと名前の夕御飯はサシャの胃袋に入っちゃうところだったんだよ?」
「遅くなった。ミーナありがとう」
「ミーナありがとう! 夕御飯も席も確保して待っててくれたんだね……!」
「あと3分遅かったら食べられたのに……」
サシャのつぶやきを聞いてドキリとした。あと3分遅かったら私とミカサはお腹を好かせたまま今日を終えるところだったようだ。


ようやく食事にありつけたというのに食が進まない。みんなでご飯を食べている間も先程目があった彼のことが気になって仕方がない。
一瞬だったから表情は読めなかったけれど、あからさまに視線を外してしまったのは良くなかったかもしれない。


食べる気がないならくださいとサシャに言われながらも夕食を胃に流し込む。その間ずっと、いつアルミンに謝ろうかと考えていたけれど結局答えは出なかった。
食べ始めたのが遅かったのもあり食堂にはもうほとんど人は残っていない。私のおこぼれは貰えないとわかったサシャも先に寄宿舎へ戻っている。
食べ終わった食器を持ってミーナとミカサの後ろを歩く。チラッと後ろを振り返って食堂を見渡すと、アルミンの姿が見えた。一緒にいるのはエレンだ。
すぐに前を向いて歩き出す。

今、誘い出して謝ろうか……? 人が少ない今がチャンスなのでは……。
悶々と頭を巡らしていると、不意に肩を叩かれた。
考え込んでいて人が近づいていることに気がつかなかった私は、弾かれたように振り返ってハッと息を呑んだ。

「名前、このあと時間ある?」
私の目を見てそう言ったのは、青い瞳を真っ直ぐに私に注ぐアルミンだった。

私は言葉を発することもできずコクリと頷く。
「じゃあ、書庫で待ってるね」
そう言ってアルミンは食堂を出て行った。


ど、ど、どうしよう。


突然の展開に私の頭はショート寸前だ。
何を言われる?
お前みたいなやつとは絶交だ……気持ち悪いからチラチラ見るのはもう止めてくれ……。そんな否定的な言葉ばかりが頭を駆け巡る。
でもさっきのアルミンは驚くくらい普通だった。怒っているようでも慌てるようでもなく、普段エレンやミカサと話している時のように平然としていた。

そんなに大した話ではないのかもしれない。そうであってほしい。
そしてアルミンの話が終わったあとに、軽い感じでこの前のことを謝って関係をもとに戻せたら万々歳だ……。


「……――、名前!」

突然、耳元で大声を出されて思わず持っていたトレーを落としそうになる。

「食器は片付けておくから早く行ってきなよ」
「え?」
「アルミンに呼ばれたんでしょ?」
さっきの会話聞こえてたんだ……。ミーナの横に立つミカサも真剣な眼差しで私を見ている。目が合うと、行ってこいと言うようにミカサは頷いた。

「じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします」

私は2人の視線を背中に受けながら小走りで食堂を出た。




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