02:因


「名前、起きて。朝食を食べそびれる」
「その時は私が美味しくいただきますのでご心配なく!」
「うぅ…」
最近、朝起きるのが辛い。きっと、就寝前に座学の勉強をしていて寝りにつくのが遅くなっていることが原因だろう。
今日はミカサの声で夢から現実に引き戻され、サシャから朝食を守るために無理矢理上体を起こす。
それにしても今日はいつにも増して強引に叩き起こされた気がする。

まだ目覚めきっていないボーッとした頭で身支度を整えてミカサの後に続くように食堂へ向かい、ミカサと同じように朝食を受け取って、ミカサの横に座る。
その頃には脳も働き始めていて、私が今置かれている状況を把握することもできた。

「おはようさん」
「おはよう名前、ミカサ」
私達が着いた席の向かい側にはエレンとアルミンが座っていた。
正確に言うとミカサの向かい側にエレン、私の向かい側にアルミンが座っている。

今思えば当然の事態である。ミカサはいつもこの幼馴染たちとご飯を食べているのだから、彼女に着いて行けば必然的にこうなってしまうだろう。

「お、おはよう」
アルミンと久しぶりに朝の挨拶を交わせて嬉しくない訳はないがあまりにも突然のことで動揺を隠せない。


エレンとミカサが今日の立体起動の訓練について話し合っている横で、私とアルミンは黙々と朝ごはんを食べている。
アルミンは時々二人の会話に参加しているのだが、私はただ聞き手に徹することしかできない。むしろこの場にいないものとして存在を消そうと努めていた。

「名前は今日のペア、どうする?」
「え?何が?」
突然ミカサに話を振られてしまった。確か立体起動の訓練の話をしていたのだっけ。

エレンが呆れたように息を吐く。エレンにこういう反応をされると、少しムッとしてしまう。
「だから、立体起動訓練のペアのことだ。今日はペアで訓練をするって教官が言ってただろ」
すっかり失念していた。確か昨日の訓練後に、明日の訓練はペアで行うから事前にペアを組んでおけって言われていたんだっけ。

「その顔、まだペアが決まっていないって顔だね」
アルミンにズバリ言い当てられてしまい素直に頷くしかない。訓練時間まであと少ししかないからほとんどの人がペアを組んでいるだろう。
まだペアが決まっていない人と組むしかないか、そう思っていたら予期せぬ言葉がエレンの口から飛び出した。

「なんだ、じゃあ丁度いいじゃねぇか。俺たち4人でペアを作れるな」
「ん?エレン達もペアを作ってなかったの?」
「それを今話し合ってたところだろ。名前がそれでいいならどう分けるか決めようぜ」
「名前は…アルミンと組むといい」
「え!?どうして!?」
ミカサの思わぬ提案に危うくスープがむせ返りそうになる。じゃあミカサと組むと言おうとしたのに先手を打たれた気がした。
「名前とは前の訓練でペアになった。ので、今回ペアにはなれない」
「あー、確かにそうだよね…」
キース教官に前回とは違う者とペアを組めと言われていたんだ。実践では誰と行動を共にするかなんてわからない。相性がいい相手を見つけるためにもあらゆる兵士と練習しておく必要があるのだ。
だからミカサの言うこともわかるけど、よりによってアルミンと…。
「でもそれだったらエレンとでもいいんじゃない?」
「あ?名前はアルミンと組みたくないのか?」
「そんなことない!」
咄嗟に否定した私の声は周囲の人が会話を中断するほどの大きな声だった。

しまったと後悔しても時すでに遅し。
私は小さく縮こまるしかなかった。

周辺の人たちが会話を再開し始めた頃、丸い目を更に丸くしていたアルミンがふっと顔を綻ばせた。
「僕に異存はないけど、名前はどうかな?」
目の前のアルミンは目を細めて私を見ている。
私は小さく頷くしかなかった。



大変なことになってしまった。
緊張していつもの半分の実力も出せないかもしれない。それにアルミンばかり見て事故を起こしてしまうかも…。
絶対にそんなことになってはいけない。アルミンに迷惑がかからないように気を引き締めなければ。

そんなことを思いながら立体起動装置を装着しているとクリスタが声をかけてくれた。
「名前、今朝は珍しく大きな声を出していたけれど何かあったの?」
「あー…全然たいしたことじゃないんだ。まだ寝ぼけてて大声を出しちゃったみたい。心配かけてごめんね」
「そうなの…?何かあったわけじゃないならいいんだけど…」
「おいおい、そんなことでうちのクリスタに余計な心配させてんじゃねーよ」
「ご、ごめん…」
女神クリスタ様に今朝の大声を聞かれていたらしい。全くユミルの言うとおりだ。心配させてしまって申し訳ない。

「名前!おまたせ」
と、そこへ準備万端なアルミンが来た…否、来てしまった。
「あ、アルミン…ごめん私まだ準備ができてなくて!急いで準備するからちょっと待ってて!」
アルミンを待たせるわけにはいかないと大急ぎで残りも装着するけれど焦れば焦るほど指先が縺れてしまう。
「ふふ、まだ時間はあるし焦らなくていいよ」
私の慌てぶりが面白かったのかアルミンに笑われてしまった。顔が紅潮してくるのを感じながら、再度ごめんと謝る。

クリスタはこの光景を、安心したような慈愛に満ちた眼差しで見ていた。
何かわからないけれど、女神そのもののような可憐なクリスタの表情が見られたのでヘラっと笑い返すとユミルに睨まれてしまった。
クリスタに近づく者は女でも容赦ないらしい。



今日の訓練はペアで倒した巨人模型の数を競うというもの。
わざわざペアを組んだのだから、討伐数だけではなくてその連携も見られているのだろう。

訓練開始まであと少し。作戦というほど立派なものではないけれど、アルミンと連携を組むならこれ以上の形はないと思えるやり方がある。
「アルミン…ちょっといい?」
ちょいちょいと小さく手招きをしてアルミンを呼び寄せる。私が小声だったからか、アルミンは肩が触れ合いそうになるほど近くに来て顔を寄せた。
「どうしたの?」
その近さに面食らいながらも自分の考えを提案する。
「あ、あのね、今日の訓練、アルミンに指示を出してほしいの」
「僕が?」
「うん。私よりもアルミンの方が観察力や洞察力に長けているから。それに私、アルミンの指示だったら指示通りに動ける自信があるしいつもの倍は動けると思う」
「どうして僕の指示なら…」
「あ、いや、そこは気にしなくてもいいんだけど、どうかな?」
「……うん、僕で良ければ。それに名前がペアなら安心して指示を出せるよ」
私の態度に少し疑問が残っているようだったけれどアルミンは快諾してくれた。
私なら安心して指示を出せるという最後の言葉に引っかかりを覚えたけれど訓練が始まってしまうということもあってそれ以上は聞けなかった。



こうして主にアルミンが指示兼補佐役、私が討伐役として訓練に臨んだ。もちろん状況によってはアルミンが討伐役に回ることもあり、私たちはまずまずの成績を残せた。
アルミンの指示を受けた私は水を得た魚のように動き回ることができてとても気持ちが良かった。正直、予想以上に身体が動いてくれた。
さすがはアルミンだ。私がこれほど動けたのは相手がアルミンだからという理由だけではなく、アルミンの観察力や洞察力、指示能力が優れているからだろう。やはりアルミンには人を動かす力がある。

「名前、お前最近立体起動が上達してきてると思ってたけどいつの間にあんなにうまくなったんだよ?天才のオレ並に飛び回ってたじゃねぇか」
「えへへ、今日はとても調子が良かった!」
「なんか特別なことでもしたのか?」
「んー…ジャンに立体起動の自主訓練に付き合ってもらってるのもあると思うけど、今日はペアだったから特別かな」
「確か名前のペアはアルミンだったよな?おーいアルミン!」
コニーが突然アルミンを呼び寄せるものだから、飲みかけていた水を危うく吹き出すところだった。
「どうしたの?」
アルミンは不思議そうに歩み寄ってくる。
「おいアルミン!今度オレともペアになってくれよ!今日の名前が絶好調なのはお前のおかげなんだろ?」
「はは…ペアになるのは全然構わないけれど、今日みたいにうまくいくかはわからないよ。最も今回はうまくいく自信があったけれどね」
「え…それってどういう?」
意味深なアルミンの言葉に疑問を投げかけると、

「……秘密」

そう答えたアルミンは不敵な笑みを浮かべた。初めて見るその表情に心臓がどくりと脈打ち鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

「なんだよー秘密の作戦か!?」
「え?う、うん、そんなところ」
アルミンの言葉の意味を全く理解していない私は置いてけぼりだ。コニーには肯定してしまったけど秘密の作戦なんて私は知らない。私たちはただアルミンを指示役にしただけで、その他にはこれといった作戦もなかったのに…。もしかしてアルミンの頭の中には秘密の作戦が練られていたとか!?
謎は深まるばかりだ…。


アルミンが見せた不敵な笑みと"秘密"という言葉が私の胸にしこりを残した。
それらの意味を汲み取ることができずにモヤモヤとした気持ちになると同時に、初めて見る表情に胸の高鳴りを感じているのも事実だった。



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