01:惚


「おい名前、そのニヤニヤした気持ち悪い顔どうにかしろ」
「へ?」
突然声をかけられて思わず間抜けな返事をしてしまった。声がした方を見ると呆れ顔のジャンが私を見下ろしている。

「私…ニヤニヤしてた…?」
「ああ、思いっきりな」
知らないうちに顔に出ていたとは…。
恥ずかしさで赤くなった顔を紛らわすために自分の頬を両手で挟み込む。
それでも視線はチラチラと彼の方に向いてしまうのだからつくづく懲りない奴だと思う。
隣からジャンの大きなため息が聞こえた。

アルミンが綺麗な金髪をなびかせて馬を乗りこなす姿は王子様みたいでかっこよすぎるんだもん。仕方ないよ。
声には出さないけれど、そう反論する。


私はすぐに顔に出てしまう人のようで、アルミンを見てニヤついているところをジャンに指摘されたのは今回が初めてではない。
以前ジャンに、そんなに気になるならどうして話しかけに行かないんだと聞かれたことがある。

そりゃあ前まで…具体的には意識し始める前までは毎朝挨拶を交わし、訓練の合間も普通に会話をしていた。
あくまで主観的観点からの評価だが、私たちはそこそこ仲が良かったのではないかと思う。
最初はかわいいなあと思っていたのだけれど、次第に聡明で努力家で根性があることがわかって、かわいいだけではないとても魅力的な人だと思うようになった。

一度意識してしまえばその気持ちは雪だるま方式に大きくなっていくばかりで、今では見ているだけで十分だという域にまで達している。それにすぐに顔に出てしまうから、向き合って話をしようものなら鋭いアルミンはすぐに勘付いてしまうだろう。
そういう訳で私はそれとなくアルミンと向き合うのは避け、遠くから見つめるようになった。


アルミンが乗馬訓練を終えてこちらに戻ってくる。
はあ…かっこよかった…と小さくため息をついて、アルミンと入れ替わるように自身も乗馬訓練へと向かった。


こういう生活を始めて3週間程度だろうか。

ストーカーっぽいと自覚して反省はしているのだが、素敵な人というのは見るつもりがなくてもついつい目で追ってしまうものではないだろうか?
だからといって顔をニヤつかせているのは自分でも気持ち悪いからどうにかしないといけないとは思う。



無事に乗馬の訓練を終えて、各々が寄宿舎に戻って行く。
私は夕食当番ではなかったので愛馬のフィズのブラッシングのために馬小屋に残っていた。

「今日はおつかれさま。最近思ったんだけど私たち息が合ってきたよね!嬉しいな〜いつもありがとうね」
声をかけながらブラッシングをするとフィズは気持ちよさそうに首を伸ばす。

その姿を見て私まで嬉しくなってくる。つい鼻歌交じりでフィズのお世話をしていたので、人が来たことに気づかなかった。

「楽しそうだね、名前」
同期の男の子の中では少し高いその声が突然背後から聞こえて、心臓がどくりと大きく脈打ち、鼻歌もブラッシングをしていた手の動きも止まった。

振り返るとアルミンが手にブラシを持って微笑んでいた。

「アルミンもブラッシングに来たんだね!」
私はパッとアルミンから視線を逸し、ブラッシングを再開しながらそう返した。
とっても素敵な微笑みをそれ以上直視できなかった。私には微笑みだけでも刺激が強いのだ。

「うん。今日はいつもより頑張ってくれたから手入れも入念にしておきたくて」
「確かに今日のアルミンはスピードも出てたし調子が良さそうだったね」
「………僕の訓練を見ていてくれたんだね」

あ、しまった。
アルミンの一言で墓穴を掘ったことに気がついた。
チラリとアルミンの方を見ると彼はさっぱりとした顔をしている。

「あー…まあ、他の人の訓練から学べることもあるからね。みんなの乗馬は一応見てるよ」
「へえ!名前は偉いね。名前が何でも卒なくこなせるのはそういうところに秘訣があるのかな」
「う、うーん…?」
嘘。あんなにしっかりと訓練を見るのはアルミンだからだ。
しかも訓練を見ているのではなくてアルミンそのものを見ているのだ。

つまらないことで嘘をついてしまった罪悪感もあり、アルミンから視線をそらしたままフィズのブラッシングを続ける。
アルミンも馬のお世話を始めることにしたのか、背後から物音が聞こえる。背中側にアルミンの気配を感じているだけでソワソワと落ち着かない。
その動揺が手元を狂わせたのか、フィズがブラッシングを嫌がり始めた。

「ご、ごめんねフィズ。今日はこれくらいにしておこうか」
このざわついた心でフィズと向き合うことなんてできない。今日のところはこれくらいにして大人しく寄宿舎へ戻ろう。

「もう寄宿舎に戻るの?」
「うん」
そう短く答えてその場を後にしようとした。最後に盗み見るようにアルミンの方に目を向けると、アルミンもまたこちらを向いていた。

「お疲れさま」
爽やかな笑顔でそう言われてしまって、私の心臓がきゅうっと締め付けられるような痛みに襲われた。
アルミンは誰よりも爽やかな笑顔が似合う人だ…そんなことを思いながら、私は自分の頬が緩んでいることにも気づかずにアルミンの方に顔を向ける。

「アルミンもお疲れさま」
もう少しでえへへとニヤつきそうになったのをなんとか抑え込む。

今日もアルミンはかわいい!

先程の爽やかな笑顔を思い出しながら、スキップ混じりにその場を後にした。


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