10:愛
ポカポカと心地の良い朝。
私はいつもより早く目が覚めた。
今日はミカサに叩き起こされることも、朝食を寄越せとサシャに脅されることもない。
いや、いくらサシャでもそんな横暴なことは言わないか。
とにかく、ここに来てからこんなに穏やかな朝を迎えたことがあっただろうかと思わずにはいられないほど清々しい気分だ。
早く食堂に行きたい。
そして、アルミンに会いたい。
影から見ていただけの時とは違って、早くアルミンと話したいと思う。
そんな清々しい気分で部屋を出たのはいいのだが……。
「名前、何をしているの。後ろがつっかえている」
いざ食堂の前に立つと、あと1歩が踏み出せない。
この私が平常心でいられるわけがなかった。
どれだけアルミンのことを好きだと思ってるんだ。片思いの時でも普通に話すことが難しかったのに、両思いだと知った今、平常心で話すことなどできるだろうか。否、不可能である。
少なくとも顔がニヤけてぐへへと変な声を出すくらいのことは必至である。
悶々としているうちにミカサに腕を掴まれて食堂に引きずり込まれた。
「「あ……」」
……まあ、そんな気はしていたが。
食堂に足を踏み入れた瞬間、アルミンとエレンの2人と鉢合わせてしまった。もうここまでくると運命なのではないかと思う。むしろそうだと嬉しい。
「おはようアルミン」
ミカサはいつもどおり挨拶を交わす。いつもと違うのは、私を引きずっていることくらいだ。
「おはようミカサ……と、名前」
アルミンは腕を掴まれて引きずられている私を見てふふっと笑みをこぼした。
へへ……と笑って体勢を立て直す。
きっと今私の顔は真っ赤に染まっているであろう。もう恥ずかしすぎて何も考えられない。
「アルミン、元気になった」
ミカサはアルミンを見て目を細める。私もアルミンを見た。そこにはいつもどおり天使で王子なアルミンがいる。
「そうなんだよ。昨日上機嫌で部屋に戻ってきたから、何かあったのか聞いてみてもはぐらかされるしよ」
いかにも納得してませんというようにエレンは少し口を尖らせてアルミンを見る。当のアルミンは口元に笑みを湛えたままだ。
「別に隠すつもりはないけどね……」
うつむき加減にそう言うアルミンの頬はピンク色のアネモネのようにキレイに染まっている。
そんなアルミンの熱が伝染したかのように私も熱くなってくる。
「わ〜2人して顔赤くしちゃって……かわいいなあ」
ミーナが後ろから私を小突く。
いつの間にか食堂は訓練兵で埋まっていた。
「ミ、ミーナ! 余計なこと言わないで……!」
「は? 何だよ」
エレンは相変わらず意味を理解しておらず私たちに訝しげな視線を寄越す。
「え、お前らまさか……」
このちょっとした騒ぎを聞きつけたのか、ジャンまで合流してしまった。どんどん人が集まってくることに処理が追いつかない。先程の恥ずかしさは吹き飛び、今はただ困惑している。
目を丸くして私たちを交互に見やるジャンに顔を向ける。
私はとびきりの笑顔を向けた、はずだった。
私の顔を見たジャンは何か不吉なものでも見たかのようにみるみる顔を歪ませる。
「変な顔でニヤついてんじゃねーよ!」
そして思いっきりど突かれてしまった。
普通に痛い。
「ミカサ〜! この人怖い〜!」
ミカサの後ろに隠れてジャンに抗議する。ミカサを味方にすれば彼はもう何も言えまい。案の定、ジャンは恨めしそうに私を見てぐっと喉を鳴らす。ミカサに想いが伝わらないからって私に当たらないでほしいよ、まったく。
しかし、最大の味方から思わぬカウンターを食らった。
「そこはアルミンに頼るべき」
……1発目KOである。
このミカサの一言によりワッと沸き立つミーナ。はっと鼻を鳴らすジャン。意味がわからないと眉間にシワを寄せるエレン。そして、ますます顔を赤くするアルミン。
かく言う私も沸騰しそうなほど顔が熱い。
「おい、どういうことだよ」
「いや、お前に説明しても無駄だわ」
「なに……!?」
「キャー! 名前の王子様はアルミンだもんね〜!」
「なに? どうしたの?」
「お前ら朝からうるせーぞ」
しまいにはクリスタとユミルまで合流する。
思わず私とアルミンは顔を見合わせて、プッと吹き出した。
ワイワイと盛り上がる仲間たちに囲まれ、大好きな人の側にいる。
芯からあたたかいものが湧き出てきて、身体中が満たされる。
愛しい人が自分の目を見てくれることって、本当に奇跡みたいなもので、こんなに幸せなことはないと思う。
私に向けられる愛しい目をしっかりと見つめ返し、今あるこの幸せを噛み締めた。
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