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学級裁判の2日前ーー
春川さんに首を絞められフラフラと体育館を出て行く王馬くんを追いかけた私は、寄宿舎に入って行く彼を捕まえた。
みんなで一緒に外に出ようと訴えても、彼は聞く耳を持ってくれなかった。
「オレにはやることがあるからね、名字ちゃんと違って」
王馬くんはそう言って彼の自室に入ってしまった。
私は言外の意味を瞬時に察していたけれど、一度自室に戻った。つまり、やるべきことをやれと、彼は言っているのだ。私のやるべきことなんて、王馬くんに『大ッキライ』と言われた時から決まっているのに。
いつかはこの時が来るとわかっていたはずなのに、怖かったのだ。これ以上王馬くんに嫌われたくなかった……。結局は逃げているだけだ。
次の日、私は再び王馬くんの元へ向かった。今度は外へ出ようと説得するためではない。
心臓が大きく脈打つ。一世一代の告白を目前にする女子高生……なんて、そんな輝かしい青春の一幕とは程遠いけれど、私の最初で最後の告白なのは確かだ。
「王馬くん……名字です。話をしに来ました。私の話を聞いてください」
静かな部屋に向かって、落ち着いて声をかける。少しして扉が細く開けられた。
恐る恐る中に入ると、王馬くんが不気味な笑みを浮かべて立っていた。
なんだかやたらと物が多い部屋だ。これまでの証拠品と大量のダンボール箱。そしてホワイトボードに貼られた16人の超高校級の高校生たちの写真。最原くんと私だけ生き残っている人たちとは離れた場所に貼り付けられているのが目に入った。
王馬くんは私の姿を確認してからベッドの上にあぐらをかいて座り込む。私を見ながら空いているスペースを叩き、そこに座るように促された。私も靴を脱いでベッドに上がり込み、彼と向かい合うように座った。
「おっそいよー名字ちゃん。もう来てくれないのかと思ったじゃん。まあそのときは名字ちゃんが根性なしだったってことで見限るだけだけどね」
王馬くんは口元に大きく弧を描いて笑った。しかし目は全く笑っておらず、私を貫くように見ている。
「遅くなってごめんなさい……。いや、今回だけじゃないですよね。王馬くん、今までごめんなさい」
なんだかもうすでに泣きそうだ。私、こんなに涙脆かったっけ。
「……謝りに来たんじゃないでしょ? 名字ちゃんの話、聞かせてよ」
「そうですね。まず、私の立場から……」
そうして私の告白が始まった。
私は、"ゲームを盛り上げる"という役割を与えられて存在している。いわゆる工作員だ。
最原くんを励ましたのも、星くんに希望を与えたのも、真宮寺くんにお姉さんのことを強く意識させたのも、一つ一つは些細なことだけどゲームを盛り上げることに繋がったと思う。
ゲームを盛り上げるためなら自分の命も使おうと思っていた。私が犯人として、または被害者としてコロシアイに参加してこのゲームが盛り上がるならそれも私の役割。だから真宮寺くんに私を狙わせようと霊感があるように見せたのだけど、彼にとって相手の条件はお姉さんに相応しいかどうかだったからあまり功を奏しなかった。あの時、私が犠牲者になっていれば、と今では思う。
そして、王馬くん。
彼を監視していたのは彼が一番このゲームを盛り上げてくれそうな気がしたからだ。近づきすぎてはいないかと懸念していたが、幸いにも周りには見張りとして映っていたようだ。いつの間にか私と王馬くんはセット扱いをされるようになって、期待通り王馬くんは様々な行動を起こしてくれた。
でも……私は完璧な工作員にはなれなかった。
気がついたらみんなの死が、王馬くんの死が怖くなっていたのだ。
そのことに気がついたのは王馬くんの死を強く意識した時。私は泣きながら、彼を失いたくないと強く思った。
この嘘の裏にあるものは何なのだろうか、彼は今何を考えているのだろう、気になって仕方がない。
王馬くんのそばにいればいるほど、王馬くんのことを知れば知るほど、頭の中が王馬くんで満たされていった。
王馬くんのことが好き。
それを意識してからは工作員という立場を捨てた。
私は自分が嫌いだ。
今でも"ゲームを盛り上げる"という役割をこなさなければ、と思っている自分もいる。
けれど、その行為を拒む自分もいる。
心が分裂しそうで、痛い。
私が首謀者という存在を意識し始めたのは、それからだ。
私の役割を考えれば、私の動向は逐一首謀者が監視しているはず。私と首謀者は絶対にどこかで繋がっている。
しかし、それらのことを考えると頭痛がし、脳にモヤがかかってそれ以上は考えられなくなるのだ。
これまでも"自分の役割"を強く意識したときに頭痛がしていたけれど、それとよく似ている。
私は私を許せない。
こんなことをさせる首謀者も許せない。
そしてみんなを外へ出したい。
その想いからたどり着いた私の結論はーー
「待って」
王馬くんは手のひらを前に出して長い長い私の告白を遮った。
「えっと……一気に喋りすぎましたか?」
王馬くんは眉間にシワを寄せて深く考え込んでいる。王馬くんはいつだって本気だけど、そんな素振りを見せることなんてなかった。いつだって飄々と笑っている。こんなに真剣な表情は初めて見た。きっとここにいる誰も見たことがないだろう。そう思うと口元が緩んできた。
王馬くんのこんなにかっこいい表情を見ることができるのは私だけだ。
そのことが嬉しくてくすくすと笑っていると、王馬くんが眉間にシワを寄せたままギロリとこちらを睨んだ。
それでも私は笑顔のまま王馬くんを見返す。
すべてを打ち明けて、吹っ切れた。たとえ王馬くんのガンが飛んでこようが、今の私にはそれすらも愛おしい。
「名字ちゃんが洗脳状態にあると思われることも、オレのことがだーいすきなのも分かった。でもさ、その結論は早急すぎるんじゃない? のろまでどんくさい名字ちゃんらしくないね」
「え? 私まだ結論については何も言ってませんよ?」
「どうせ首謀者を暴く学級裁判を開いて今みたいに自分の立場を告白するんでしょ? それを餌に首謀者をあぶり出して名字ちゃん諸共オシオキを受ける……。おバカな名字ちゃんが考えそうなことだよ」
「すごい……当たってます」
「そんな作戦通用するわけねーだろ」
そう言って王馬くんは私のおでこを指で弾いた。
いきなりのことに驚いた私は両手で額を押さえて王馬くんを凝視する。
「ええー……以前、暴力反対って言ってたのは王馬くんですよね?」
「そうだよ。でも名字ちゃんはそんなこと一言も言ってないじゃん」
「他人にされて嫌なことはしちゃだめですよ!」
「うん、そうだよね! オレもそう思う! お詫びに名字ちゃんにはオレにデコピンする権利を授けるよ! こんなこと滅多にできないよ? 名字ちゃんは運がいいね!」
はあ……? という溜息すら出て来ず唖然としていると、王馬くんは目を瞑って額を差し出した。
なんだかこの流れ、覚えがある……。そういえば前に私がデコピンをしてしまった時も同じ流れになったような……?
納得がいって改めて王馬くんの顔を見て私ははっと息を飲んだ。
ちょ、ちょっとなにこれ……。
王馬くんが目を瞑って私(のデコピン)を待ち構えている……。
ま、まるでキ、キ、キスを待っているかのような……。
「むむむ無理です! 私にはできません!」
真っ赤になっているであろう顔を隠すように、顔の前でぶんぶんと手を振り、両手で顔を覆う。
指の隙間から覗き見ると、悪い笑みを浮かべた王馬くんが、にししと楽しそうに笑っていた。
わかっててやるなんて本当に性格が悪い……!
どうしてこんな人を好きになってしまったのか甚だ疑問だが、速まった鼓動は治まりそうもなかった。
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