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いつものように食堂に入り、みんなに挨拶をしたのだが、王馬くんは挨拶を返してくれなかった。それどころか私と目も合わそうとしない。今までも挨拶をしない時はあったけれど、あからさまに私を避けているような気がする。
私、王馬くんになにかしてしまっただろうか。昨日突き放すようなことを言われたのもそのせい……?
全く検討もつかない。勝手で何を考えているかわからない王馬くんに少し苛つく。
ハッと意識を戻すと、食堂が何やら騒がしい。みんなの会話を聞いてみれば、どうやらゴン太くんがモノクマと戦うと言い出したようだ。
彼は以前から正義感に溢れていたが、こればっかりは戸惑うしかない。
「だから、ゴン太が身体を張るしかないんだ! 本物の紳士ならそうすると思う!」
「生身でエグイサルと戦うなんて無茶だよ……!」
みんなでゴン太くんを止めようとするが彼の意志は固いようだ。
「無茶っていうか無駄だね。そんなことをしてもこのコロシアイは止められないし、そもそもなんでコロシアイを止めちゃうのさ? やっとゲームが盛り上がってきたんだよ? 止めるなんてもったいないよ。おかしいよ! そんなの異常だよ!」
王馬くんの発言に耳を疑う。みんなも同じように呆然とする中、構わず彼は言葉を続ける。
「本気で楽しむからゲームは面白いんだよ! だから、みんなもゲームを楽しもうよ! さーて、次の犠牲者はまだかなー? 犠牲者が出ないとゲームにならないから、誰か早く次のコロシアイを起こしてよ!」
「王馬くん何言って……」
彼から際限もなく口説がペラペラと出てくる。焦った私は彼に制止の言葉を投げかけたが、私の言葉よりも早く百田くんが動いた。
ドガッっと百田くんに殴られた王馬くんが膝をつく。私は言葉を飲み込んだ。
「テメーがおかしいのは前からだけどよ、今のテメーは度を超したおかしさだ。それ以上続けるんだったら、オレがぶん殴って正気に戻してやる!」
「もう殴っちゃってるけどね……」
百田くんは拳を握りしめて王馬くんを見下ろしている。
「もうやめて……ください」
私は、怒りにまかせる百田くんも、こんな姿の王馬くんも、見たくない。
「暴力はなんの解決にもならないはずです……」
私から発せられているとは思えない低く冷たい声はとても小さかったけれど、百田くんには十分に届いたようだ。百田くんは、今日のところはこれくらいで勘弁してやらぁ……と言って拳をおろした。
「名字、王馬は何を考えておるのじゃ?」
「王馬くん前からおかしかったけど今日は特別変だったよね……名字さん何か知ってる?」
王馬くん達が食堂を出ていったあともその場に突っ立っていると、夢野さんや白銀さんが私を囲んだ。
私に王馬くんのことを聞いたら答えがわかると思っているのだろうか。
私だって何も知らない。みんなと同じなのに、どうして私にそんなことを聞くのだろう。
私も、彼も、関係ない。ただここに閉じ込められて数日をともに過ごしただけの他人なのに。
「知りません、彼のことは何も。彼が何をしていようが私には関係ないですから」
そんなただの他人に、彼の真意なんてわかるはずがないだろう。
私を取り囲んでいる人たちをあしらう。私に構わないでほしい。
また、モヤモヤと黒い塊が身体の中で渦巻いている。
彼に苛ついているはずなのに、私はまた王馬くんのところに行こうとしている。袋に水と氷を入れて、タオルを持って……王馬くん痛そうだったなと思ったら自然と手が動いていた。
寄宿舎に入ると、ちょうど王馬くんが部屋から出てくるところだった。でもその部屋は……。
王馬くんは私を一瞥して自分の部屋へ戻ろうとした。やっぱり避けられているんだと実感する。ぎゅっと胸が締め付けられて苦しい。
それでも私は、息が詰まりそうなほど苦しい胸を押さえて彼の後ろ姿に声をかける。
「今、入間さんの部屋から出てきましたよね……」
彼は動きを止めて、ゆっくりと振り向いた。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
名字ちゃんには関係ないでしょ?と言わんばかりの冷たい声を浴びせられて身体が凍てついた。
私は、何を間違えてこうなってしまったの?
手に持っている袋とタオルを握りしめる。私はそのまま踵を返して中庭に飛び出した。どこに行くわけでもないけど走った。顔に当たる風が、いつもより冷たい。
袋に入れた水と氷を流し、タオルもゴミ箱に投げ捨てる。
あんなことを聞いてしまったのは、否定してほしかったから……? 入間さんとはそんな関係じゃないんだ、とか名字ちゃんは特別だよ、とか言ってほしかったの?
はは……バカじゃないの。笑える。
私は、このモヤモヤとした黒い塊の正体を知っている。
王馬くんが血だらけで倒れているのを見つけた時も泣いてしまったけど、それは私が彼のことを特別に想っているから……。
彼の動向を見張らなければという一種の使命感のようなものに突き動かされていたのも事実だが、今はただ単に、彼が何を考えて、どう思っているのかを知りたい。
今までは自分の気持ちに蓋をしていた。意図的に見ないようにしていた。
そんな感情を持ってはいけないと自分を騙して、いつの間にかそうすることが普通になっていた。
初々しい初恋のように甘いものではない。この想いはただ苦しくて、モヤモヤと黒い塊になって自分を支配していく。
でも、もう自分を騙すのは限界に近い。
王馬くんに絡まれることが多くて、実は優しい人なのだと勝手に思って、勝手に期待して……。いきなり突き放すようなことを言われて傷ついて……。
全部、勝手に期待していた自分が悪いとわかっている。王馬くんは私で遊んでいるだけなのだ。
蓋をしている方がよっぽど楽だけど、もう、認めるしかなかった。
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