03

「おはようございます、王馬くん」
少し疲れ気味の私は、朝、食堂までの道中で王馬くんに出会った。要注意人物だが、それ故に目が離せない。

「名字ちゃん朝から暗いねー! 昨日は何してたのかな……? まさか夜時間を狙って……!?」
「何を想像しているか知りませんが……昨日は中庭を探索していました。何か嫌な予感といいますか、不安で何かしていないと落ち着かなかったので」
「へぇ〜名字ちゃんも赤松ちゃんと同じで、まだ何かあると思ってるんだ。嫌な予感って言うけど根拠はあるの?」
「そういうあなたも、これで終わると思っているようには見えませんけど……。根拠は動物の勘と言いますか、私の第六感です」
「あぁ、確かに名字ちゃん自身が小動物っぽいもんね。いつもビクビク怯えちゃってさ……。名字ちゃん自身が動物っぽいから動物と意思疎通を図れるのかな? よくそのネズミにぶつぶつ話しかけてるけど、そのネズミを使って犯罪でも企ててるの?」
「失礼ですよ! ルーちゃんと会話してるだけです! 人間は苦手です……平気で嘘をつきますから」
「にしし。オレは優しい嘘しかつかないよ!」
「それすら嘘っぽいですよね……」
私は王馬くんに疑いの眼差しを向けるが、彼はまるきり意に介していないようだ。彼とは何回か話しているが未だに掴みどころがない。



モノクマは復活し、食堂では新たな動機が追加された。2日後の夜までにコロシアイが起きなかった場合、コロシアイに参加させられた生徒は全員死亡。
やはりこれで終わりじゃなかったんだ。

「という訳で……オレはもう行くね」
「え……どこにですか?」
「別にー。ちょっと部屋で一人ゆっくり考え事でもしようかなーってね」
そう言うと王馬くんは一人、食堂を出て行った。その後もギスギスした空気の中、一人、また一人と去って行く。

最原くんと赤松さんは何か行動を起こしているようだし、私も何かしていないと落ち着かない。
かと言って私にできることなんて限られている…。動物と仲良くする能力がどこで役に立つのだろうか?


気分転換も兼ねて自分にできることを考えながらフラフラと中庭を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

ビクッと肩を跳ね上げて振り向くと、耳や腕に身につけた装飾品が目立つ彼が立っていた。

「すみません、驚かせちゃったっすね」
「あ……いえ、大丈夫です……」
内心今でも心臓がバクバクと音を立てているが大したことはない。私は突然人に話しかけられるといつもこうなるから。

「そのラット、名字さんのすか? 確か超高校級の動物トレーナーでしたっけ?」
天海くんが柔和な笑みを浮かべてルーちゃんに視線を向ける。私も手の中の彼女に視線を落とした。ルーちゃんは天海くんの方へ身体を伸ばし、クンクンと鼻を鳴らしている。

「はい、ラットのルーちゃんです。いつもはこのポーチの中にいるんですけど、気分転換に一緒にお散歩してました」
話題が動物のこととなると自然と笑みが溢れる。
天海くんはそんな私の顔を見て、ふっと声を漏らした。その笑いの意味が分からず、私はポカンと彼の顔を見返す。
「名字さん、そんな風に笑うんすね」
彼の口から出たその言葉に少し眉をひそめる。
そんな私の様子を見た天海くんは直ぐに言葉を続けた。
「からかってるわけじゃないっすよ。ただ、食堂で集まった時とか滅多に口を開かないし、たまに王馬くんにいじられてるところを見るくらいだったんでちょっと嬉しいんすよ。てっきり逃げられるかと思ってたんで」
天海くんはそう言って眉尻を下げて困り笑いのような表情を浮かべた。

どんな顔をすればいいのか分からなくてまごまごしてしまう。だけど、最後の言葉だけは聞き捨てならないと思った。
「逃げたりしませんよ……」
どれだけ人間不信な奴だと思われてるんだ。これまで和に馴染めるように頑張ってきたつもりなんだけど……。

「そうすよね、すみません。ただなんとなく俺のことを避けてるような気がしてたっすから」
私は思わずグッと喉を鳴らしそうになった。図星だったのだ。でも今はその印象も90度……くらいは変わった。
彼の雰囲気と私に対する姿勢を見て、本当のことを話そうと口を開く。

「実は以前は天海くんのこと避けてました……怖い人かと思って……。でもそんなことないです。いい人です」
ジャラジャラとした装飾品やミステリアスな雰囲気に怖気づいていたのだが、案外優しい人だ。それが分かったことが嬉しい。

ルーちゃんに視線を向けて微笑んでいると、頭の上にぽんと温かい重みを感じた。
驚いて顔を上げて、それが天海くんの手だとわかった。彼はそのまま2、3度ぽんぽんと頭を撫でる。

困惑する私に向かって、彼は優しい笑みを浮かべている。なんだか年下の子どもをあやすような態度だ。

「そう言ってもらえて光栄っす」
彼はそう言い残して寄宿舎の方へ去って行った。



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