28

お菓子を囲んでお茶を飲んで……ちょっとしたティーパーティーのようだ。茶柱さんが必死に夢野さんを盛り上げようとしているのも愛おしい光景だ。
私はといえば、この場を楽しんでいるように装っているが内心は強張っていた。顔に出ていなければいいけれど。

夢野さんにどう話を切り出そうか、タイミングを掴みかねていたのだ。


なかなか行動に移せずやたらとお茶を飲んでいると、誰かの視線を感じた。向かい側の茶柱さんが睨むように私を見つめている。
私は小さく頷いた。

隣の夢野さんを見るとお茶会をそれなりに楽しんでいるようで可愛らしくはむはむとお菓子を食べている。

私は思い切って夢野さんに声をかけた。

「夢野さん……」
「なんじゃ?」
夢野さんが気だるげに返事をする。普段通りだ。私は一呼吸置いてついに実行に移した。

「ごめん……」
私はそっと夢野さんに抱きついた。
「は……なんじゃこれは……ウチが可愛すぎてだきつきたくなったのか? はっ、もしやお主、茶柱二号か!?」
「誤解です夢野さん! 転子はまだ夢野さんに抱きついたことはありません!」
茶柱さんの叫びが響く。突然の私の行動に茶柱さんも含めてみんな驚いているのが伝わってくる。


その時、食堂に通じる扉が開いた。

「もう! またロボット差別ですか! 今日という今日は許しませんよ!」
「たはー! ゴミ拾い専用ロボに何ができるってのさ!」
「ボクはゴミ拾い専用ロボではありません!」

テラス周辺にキーボくんと王馬くんの声が響く。

「あぁこれからって時に! 出ていってください!」
茶柱さんが私達から離れ、二人をテラスから追い出そうとする。

「は? ここはみんなが使えるテラスでしょ? 排除性も競合性もないはずだけど。鉄クズはまだしも、オレも仲間はずれなんてひどいや……」
「鉄クズってボクのことですか!?」

私は夢野さんに抱きついたまま事の成り行きを見守っていた。まだ小競り合いが続いている。

「ところで、あんた達何やってんの? ていうか名字?」
声の方を振り向くと、いつの間に来ていたのか春川さんが冷めた目でこちらを見ていた。

「あ、えーっとこれは……というかわた……ぼくは名字じゃなくて……」
私はどう説明したものか考えながら、夢野さんが意外にも大人しいことに気づいた。ましてや私の身体に腕を回してぎゅっと背中を掴んでいるではないか。

「もっとなでなでしていいんじゃぞ……」

夢野さんのとろんとした声に心を鷲掴みにされた私は夢野さんを思う存分撫でた。
春川さんは呆れたように紅茶を啜っている。


私は夢野さんを離して目を見ながら訴える。
「イケメンの神さまに頼るのもいいかもしれない。でも、ここにいる皆も夢野さんのことをちゃんと見てるよ。ほら、いつも神様よりも近くで見てくれている人がいるでしょう?」

眠そうな顔でじっと私のことを見ているかと思えば、夢野さんは頬にゆるい笑みを浮かべる。
「お主か」
「も、もちろんわた……ぼくも夢野さんのことを見てるよ? けどもっと近くにいるでしょう?」
「ふっふっふ、お主よ、わかっておる。照れ隠しなどせんでよい」
ダメだ……。こちらの話を聞いていない……。茶柱さんに目を向ける作戦は失敗した。

私は夢野さんを撫でながら肝心の生徒会について聞いてみた。
「生徒会にはまだ所属するつもり……? ぼくは夢野さんに帰ってきてほしい」
夢野さんは私の服を掴んだまま停止した。

「………ウチにはイケメンの神さまがおるんじゃ。その神さまの言うことは正しい。生徒会が……ここでの生活をよくするに決まっておる……。いくらお主の頼みでも、それは、できん」

夢野さんは私から離れ、クッキーをかき集めてテラスを出ていってしまった。その背中に声をかけても振り向きもしなかった。


「名字さん……」
茶柱さんが頭上から私の名前を呼ぶ。
「すみません……失敗しちゃいましたね……」
茶柱さんの顔がみるみる曇っていく。しかしすぐにぱっと弾けんばかりの笑顔になった。
「大丈夫ですよ名字さん! まだまだこれからです! ハグ作戦は終わってはいません! まあ、男死の格好は今日限りですけどね! 名字さんだとわかっていてもその格好だと誤って投げ飛ばしそうなので!」
「そ、それは困ります……。というかハグ作戦ってなんですか」
夢野さんがドキッとする行動を起こせばいいと思い立ち、思い切ってハグをしてみただけなのだけれど、いつの間にかハグ作戦とやらの名称がついていた。


ふと、怪訝な顔でこちらを見ているキーボくんの視線に気づく。
「ところで、あなたは誰ですか?」
最もな疑問だ。キーボくんの厳しい視線が突き刺さる。
「え、えっと……」

「ほんと、これだから鉄屑は鉄屑のままなんだよ」
王馬くんはそう言い放って、ずんずんと私に近づいてくる。
そして、私の耳元に口を寄せて甘い声で囁いた。

「ね、名字ちゃん」
「ひゃあ……! いきなり何するんですか!」

思わず"名字名前"の声で叫んでしまった。王馬くんは私を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。

「かーわい」
王馬くんは語尾にハートでもついていそうな言い方で、私の頬を摘む。
完全にからかっている。絶対にネタにされていると思っていたから王馬くんにだけは知られたくなかった……。

覆水盆に返らず。
とはいえ、これ以上いじられるのは耐え難い。

もしかしてその声名字さんですか!?と、驚くキーボくんに構わず私は全速力でテラスを飛び出し、元の姿に戻った。

その日は寄宿舎に戻る直前まで王馬くんにいじられたのはお察しのとおり。




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