25

王馬くんの部屋から出て中庭を歩いていると校舎の中に入って行く春川さんの姿が見えた。
百田くんのことが気になっていたので追いかけて声をかける。

「あの、春川さん!」
歩くスピードが速い春川さんを引き止めるために、思っていたよりも大きな声を出してしまった。
「なに?」
私の大声に驚きもせずいつものクールな表情で振り向く。鋭利な刃物を感じさせるその視線を受けきれず狼狽えることしかできない。思えば春川さんにちゃんと話しかけるのはこれが初めてだ。そう思うと緊張して余計に言葉が出てこなくなった。

「用がないなら行くけど」
いつまで経っても口を開かない私を見兼ねた春川さんは再び歩き出そうとする。
「ま、待ってください! 用ならあります! ……大した用ではないですけど……」
慌てて引き止めるも語尾がごにょごにょと小さくなっていく。これ以上黙り込んだら春川さんを怒らせてしまうと思い、緊張する手を握りながら言葉を続けた。
「えっと……百田くんを部屋まで送ってくれてありがとうございました。彼の様子はどうですか?」
ペコリと頭を下げて、春川さんに尋ねる。
彼女は無言で私を見たまま表情を変えない。
「別に……あんたにお礼を言われる筋合いはない。部屋に送り届けた後は見てないから今の様子も知らない」
確かに私は百田くんの保護者でもないしお礼を言うのはおかしいのかもしれないが、快く引き受けてくれた春川さんにお礼を言いたくなったのだ。


春川さんは少し言いにくそうにしながら長い髪の毛をいじる。
「名字は百田のことが気になるの……?」
「え? まあ、あれだけ体調が悪そうにしていたら気になります……」
春川さんをみんなの和の中に戻した百田くん……。春川さんも百田くんには心なしか打ち解けているような気がする。もしかして春川さんなら百田くんの体調不良の原因を知っているのかな。
などと考えていると、春川さんから思いもよらぬことを聞かれた。
「……じゃあ、名字は王馬のことは気になるの?」
「……王馬くん?……まあ、そう、ですね」
春川さんは相変わらずクールな表情をしている。しかしどこか思い詰めているようで、こんなことを聞くその意図が掴めない。
「その"気になる"って、好きってこと?」

……
……………
……………………はい!?
今なんとおっしゃいました!?


あまりに突然だったので私はただ口を開けて、へ?と間抜けな声を出して固まってしまった。春川さんらしくもない……見当違いもいいところだ。
春川さんも特に言葉を続けるでもなくただ黙って私を見ている。

私たちの周りだけ時間が停止してしまったかのようだ。
そんな沈黙を破り、再び時間を動かしたのは茶柱さんだった。

「お二人とも何をしているのですか?」
茶柱さんは不思議そうに私達を見ている。そこで私はようやく動きを取り戻した。
「少し話していただけです……」
まだ少し動揺しているが、茶柱さんは特に気にする様子もなく、そうですかと返した。それよりも今は他のことに頭がいっぱいだという様子で、どぎまぎとしている。

「お二人が揃っていたので、転子はこのチャンスを活かすべきだと思いました! お力添えをお願いします!」
掴みかからん勢いの茶柱さんに圧倒され、春川さんと私で事情を聞くことにした。


茶柱さんは洗脳された夢野さんを救うために生徒会に入ったのだという。要するにスパイだ。あれほど神様を否定していた茶柱さんが生徒会に入ったことに疑問を持っていたので納得だ。
それに加えて王馬くんも生徒会に入り、思うようにうまくいかないので、私たちに声をかけたのだという。
かと言って私にできることなんてあるだろうか。こういう時に頼りになりそうなのは……

「あ、最原くんに声をかけてみたらどうでしょう? 最原くんはこういう時にいい解決策を見つけてくれるような気がします」
「それはダメです!」
「え……」
「確かに最原さんは男死の中では常識人ですけど……男死は男死なので!」
「そ、そうですか……」
私の提案は有無を言わさず却下されてしまった。

「あの……名字さんと春川さんにはぜひ一緒にアンジーさんを説得してほしいのです。お二人は冷静ですし、アンジーさんの言う神さまに流されることもなさそうなのでお願いします」
少し驚いたが、そういうことなら……と私はすぐに首を縦に振る。
春川さんも、まともなのが少ないからね……と了承した。



私達はアンジーさんの研究教室、つまり生徒会の本拠地へ行くことにした。
3人で一通り話し合ったのだが、いい案は浮かばず結局直談判で落ち着いたのだ。


アンジーさんを説得するのはいいのだが、私の気分は晴れないでいた。
「あ、あの……茶柱さん、春川さん……」
4階への階段まで来たところで私は立ち止まった。2人はどうしたのかと振り向く。
「二人の間を歩いてもいいですか……」

「どうぞどうぞ!」
茶柱さんに腕を引かれて二人の間に入れてもらった。申し訳ない……。
4階では茶柱さんと春川さんの腕を組んで歩かせてもらった。茶柱さんは快く受け入れてくれたのだが、春川さんは呆れているのか何も言わなかった。


二人のおかげでなんとか美術室の前に着いた。二人にお礼を言ったあと、茶柱さんが扉をノックする。
こんな情けない姿を見せたのだからなんとかアンジーさんを説得したい……。私は自分に気合を入れるために両頬をパチンと叩いた。
「何やってんの……」
春川さんの冷めた目が痛い。私は曖昧に笑ってごまかした。


「誰ー?」
「茶柱です!」
中からアンジーさんの声が聞こえ、茶柱さんが上ずった声で返事をする。すぐにカチャという音とともに扉が開いた。

「あれー、名前も一緒なの? もしかして生徒会の新メンバー?」
「いえ……そういうわけではないのですけど……」
「なるなる〜遊びに来たんだね!」
アンジーさんにグイグイと腕を引っ張られて、私はバランスを崩してしまった。
そのままアンジーさんの胸の中に飛び込んでしまう。


嬉しいハプニング!?
……じゃなくて!!

慌てて身体を起こそうとしたのだが、アンジーさんはゆっくりと私の頭を撫で始めた。……何だか調子が狂う……。

「名前はみんなに優しいよね。みんなのためにいつも頑張ってくれてる名前のことは、神さまがちゃんと見てるよ」

なんだ……これは……。アンジーさんに包まれてほわほわとした気持ちになる。

このまま身を預けてしまいたくなった時、グイッと後ろに引っ張られて、その勢いのまま背中から誰かに抱きとめられた。



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