20
ベッドの上でパッと目が覚めた。
時計の針は13:00を指している。最原くんに自室へ連れてきてもらってから数時間眠っていたようだ。
思っていたより長く眠ってしまったがおかげで頭はスッキリしていた。
「さて……」
私は再び機能し始めた頭でこれからするべきことを整理する。
まずはお昼ご飯を食べたい。その後に最原くんを呼びに行って真宮寺くんの研究教室へ行く。
真宮寺くんと二人で会話を交わしたことはあまりないので一人で彼の研究教室へ行くことに少し抵抗があった。人見知りが爆発してキョドりそうだ。だから最原くんが一緒に行くと言ってくれて安心している。それに……彼の研究教室はあの4階にあるのだ……。一人で行けるとは思えない。
真宮寺くんの用件をあれこれと考えながら昼食を済ませ、最原くんの部屋のインターホンを鳴らした。
「名字さん、もう体調は大丈夫なの?」
「はい。先程は部屋まで送っていただいてありがとうございました」
「ううん、頭痛が治まったみたいで安心したよ。これから真宮寺くんのところへ行くの?」
「そうです。一緒に行ってくれますか……?」
「もちろんだよ。僕も名字さんの頭痛の原因は気になってるからね……彼が何か思うところがあるのなら聞いてみたい」
「さすがです。気になることを追求する姿勢……探偵の性ですね」
「そんな大したものじゃないよ……」
謙遜する最原くんは少し照れたように口元を緩める。かわいい。
「あの……真宮寺くんってどんな人か知ってますか? 実は今まであんまり話したことがなくて……」
人見知りが爆発しないように事前に彼のことを知っておこうと思った。最原くんはわりといろんな人と話してる印象があったけれど、予想通り彼は少し考える仕草をしてから真宮寺くんについて教えてくれた。
「僕も彼のことを詳しく知っている訳ではないけど、お姉さんがいると聞いたよ」
「へえ……どんなお姉さんなんですか?」
「弟想いのお姉さんみたいだよ。病に陥いりながらも真宮寺くんのために学ランを作り直したりしていたみたいだ。話を聞いているだけでも随分と仲が良い印象を受けたな。彼はかなりのシ……」
「シ……?」
「あ……いや、」
「シスコン?」
私と最原くんは暫くお互いに見つめ合う。しかしあとに続く言葉を見つけ出せず私たちは何事もなかったかのように前を向いて歩き始めた。
そんなことを話し合っていると、あっという間に4階への階段に着いてしまった。
私は階段を見つめたまま足を止める。
「手……繋ぐ?」
最原くんが遠慮がちに手を差し出してくれる。
もはや抱きかかえて連れて行ってほしいくらいなのだがまさかそんなことをしてもらうわけにはいかないので私はありがたくその手を取った。
「大丈夫……大丈夫……これはただの内装だから……」
ぶつぶつと自分に言い聞かせる。最原くんが心配そうにこちらを見ている気配がするが気丈に振る舞う余裕はない。
一段一段上がるたびに最原くんの方に寄ってしまい、階段を上りきった時には情けなくも彼の腕に縋り付いていた。
「そういえば名字さんはここから先は初めてだよね。真宮寺くんの研究教室はこっちだよ……って、目を瞑ってるからわからないか…、」
もはや自分で辿り着く気がないと思われただろうか。……図星だ。
でもそれはよくない。4階へ用事ができるたびに最原くんを連れ回すのか?迷惑極まりないぞ?
よし。
覚悟を決めて薄っすらと目を開けた。
「だ、大丈夫です。進みましょう」
最原くんの腕にしがみつき、へっぴり腰で目を細めているこの姿はさぞ滑稽だろう。
だけど最原くんは何も言わず私に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
真宮寺くんの研究教室へ着いた瞬間に、私はどっと力が抜けて座り込んでしまった。
「来てくれたんだネ。……なんだか疲れているみたいだけど、まだ疲労が溜まっているのかな? 体調を万全にしてから来てほしいんだけど」
「いえ……体調はすっかりよくなりました。暫くこうしていれば治ります。気にしないでください」
しゃがみこんだままゆっくり深呼吸をする。
最原くんがいてもこの有様とは情けない。
「最原くんありがとうございました。最原くんがいなかったらぜっっったいにここまで来れませんでした……」
「僕は大丈夫だよ。帰りも一緒に行こう」
この人は仏か……?
彼の優しさが胸にしみる。
余裕が出てきた頃に私はようやくこの部屋を見渡した。
民俗学者らしく、古い物がたくさん並んでいる。よく見るとこの部屋の雰囲気も少し怖い……。
そうして部屋全体を見回していると目の端にチラリと動く影が見えた。
私がその姿を確認するのと、最原くんがその名前を発するのはほぼ同時だった。
「王馬くん」
「あぁ…どこで聞きつけたのか知らないけど、彼も名字さんの頭痛に興味があるみたいだネ」
「その頭痛いかにも怪しいよねー。オレ、前から疑ってたんだけどさ……もしかしてオカルト関連かもよ……?」
王馬くんが私に向かってにししと笑う。
それが本当だったら笑い事ではない。
「ククク……生徒会に対抗する勢力があるとしたら、それは名字さんなのかもしれないネ……。さあ、体調は戻ったかな?」
「……あ、はい。大丈夫です」
真宮寺くんの意味深な言葉に首をひねる。ワンテンポ遅れて立ち上がり、彼の前へ進んだ。
どんな話をされるのか。こうして彼と真正面から向き合うと緊張する。少し後ろで最原くんも固唾を飲んで見守ってくれている。
「さっきの王馬君の言葉なんだけど、あながち間違いではないと思うヨ。僕が名字さんをここに呼び出したのもそう思ったからサ」
「……と、言いますと……?」
この言葉の先を聞きたくないと思いながらも話を促すような言葉が口をついて出てしまった。
帽子から覗く真宮寺くんの目が私を捉えたまま細くなる。
「名字さんは死者に憑依されているんじゃないかな。そうだネ…例えば時期的に考えると、天海くん……とかネ」
「……………え?」
衝撃、疑心、寒気、
色々なものを感じながら、私はただ目の前の真宮寺くんを凝視することしかできなかった。
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