16
気が重い。それに呼応するかのように身体まで重い。
私はいつもより倍の時間をかけて朝の支度を済ませ、食堂へ向かった。
食堂に入ると、そこには王馬くんに掴みかかる春川さんの姿があった。
「えっ……」
状況を把握できないでいる間に春川さんが私の横を走り抜けていく。
「これは一体……?」
近くにいた最原くんは驚きと困惑と焦りを混ぜたような顔をしていた。
彼の話によると、実は春川さんは超高校級の保育士ではないらしい。それを王馬くんが今朝みんなの前で煽るように話しだしたのだ。
王馬くんは微笑を浮かべてこう言ったらしい。
春川さんは、超高校級の暗殺者だと。
「嘘にしても酷すぎます……。春川さんが怒るのも当然じゃないですか?」
「いや、僕らもにわかには信じがたいんだけど、春川さんの反応がいつもと違ってて……」
とにかく、王馬くんの言葉の正否を確かめるには春川さんの研究教室に行く必要がある。
春川さんが私たちを研究教室に入らせないように見張っていたのはそういう理由があったのではないかと嫌な予感を抱きながら、皆で春川さんの研究教室に来た。
扉を開けた瞬間に、様々な刃物や銃が目に入る。
どう見ても保育士の研究教室ではない。
「ね?嘘じゃなかったでしょ?」
「まるで武器倉庫だよ……」
「本当に暗殺者だったんだ……」
みんなが口々に驚嘆の声をあげる。
春川さんはクールで時に冷たい声を発することもあったが、暗殺者という肩書に驚きを隠せない。
「まぁ待て。春川の件はオレに任せろ。オレがあいつの化けの皮を剥がしてやるよ」
「百田くん……? あんまり無茶は――」
「おっけー! じゃあ百田ちゃんに任せるとしようか」
自分で蒔いた種のくせによくそんな風に言えたものだ。
春川さんのことは心配だけれど、ここはひとまず百田くんに任せることになった。
「あの、百田くん……。私に何かできる事があったら言ってくださいね」
「おう! その時はよろしく頼むな!」
百田くんの太陽のような笑顔を見て少し安心する。そのまま百田くんは教室を飛び出した。
まだ昨日のお礼を言えてないけど……百田くんには今の言葉だけで十分に伝わっていると思う。
春川さんのことは百田くんに任せて、私たちはモノクマからもらったアイテムを使って新エリアを開放することになった。
今回も最原くんがアイテムを使うことになったのだがみんなも異論はないようだ。
「お邪魔じゃなければついて行ってもいいですか?」
「もちろんだよ。一緒に行こう」
快く受け入れてくれた最原くんと並んで校舎を歩く。
最原くんにも昨日の学級裁判で助けてくれたお礼を言おうと思ったのだけれど、なかなか言い出しづらい。
あの辛い出来事を蒸し返すようなことはしたくないし、そもそも最原くんは真実を導き出すためにやったのであって、私を助けるためにやったわけではない。
それなのにお礼を言うなんて自惚れているみたいだ。
悶々と考え込んでいると、最原くんが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
「えっ、な、何がですか?」
急に視界に最原くんの顔が入ってきたのに驚いて、不自然な反応になってしまった。慌ててなんでもない風を装うが、鋭い最原くんを誤魔化せるはずもない。
「明らかに悩んでるって顔だよ。僕で良ければ話くらいは聞くけど……」
「あー……悩みといいますか……」
結局流れで昨日学級裁判で助けてくれたお礼を言うと、最原くんは案の定、それが真実だからと言った。
「でもね、名字さんがクロではないと信じていたのは確かだよ。状況や証拠から推察したわけではなくて……僕も信じたかったんだ。名字さんがクロじゃないって」
顔を上げて最原くんの方を見ると、彼は目を伏せていた。表情はわからないけれど、赤松さんのことや探偵としての立場など、彼の苦悩が感じ取れる。
「信じてくれる人がいるというだけでも救われた気分になるのに、最原くんはそれを実行に移して本当に私達を救ってくれたんです。自信を持っていいと思います。……って、私にはこんな偉そうなことを言う資格はないですけど」
最原くんの方がよっぽど立派なのにこんな上から目線なことを言ってしまってなんだか申し訳なく思う。
「……ありがとう」
肩をすぼめて恐縮していると、最原くんは微笑んでくれた。
根本的な解決にはなっていないし、きっと最原くんはまだ苦しいままだけれど……少しずつ彼に纏わりついている枷を外していけたらいい。
だから今はもっと最原くんを知ることが大切だ。
「新エリア、早く開放しちゃいましょう!」
心機一転、私は柄にもなく気合いを入れて拳を突き上げた。
私の突然の行動に驚く最原くんの顔を見て、私はすっと拳をおろした。慣れないことをするものではない。
でも最原くんは先程よりも柔らかく笑ってくれた。
「そうだね。何か発見があるかもしれない」
彼が笑ったのはただ単に私の行動が可笑しかっただけなのかもしれないけれど、昨日から押し込んでいたお礼の言葉を言えて、私の心はスッキリしていた。
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