15

今日は夢野秘密子のマジッk……マジカルショーだ。

体育館へ行く前に、さすがに王馬くんの安否が気になってインターホンを押してみたのだが応答がなかった。


もしかしてもう体育館へ行っているのかもしれないと思い体育館へ入るも、そこに彼の姿はなかった。
道中で出会った東条さんも姿を見ていないらしい。

ゴン太くんもここにいるし死んではいないだろうけれど。
そうして心配しているうちにマジカルショーが始まってしまった。


大技を前にガタガタと震えている夢野さんが姿を消してから数十秒……
夢野さんはなかなか上がってこない。もしかしてマジックに失敗したのではないだろうか……。
嫌な予感が胸の中にじわじわと広がっていく。

「……っ!」

最悪の事態が脳裏をよぎった時、ズキッと頭が痛んだ。
思わず顔をしかめて頭を押さえる。

「どうしたの?」
心配そうに最原くんが顔を覗き込んできた時、ちょうど1分間が経過したことを知らせるブザーが鳴った。


まただ……この頭痛は前にもあった。女子トイレで意識を失って、目が覚めてベッドから起き上がった時。
あの時も頭痛とともに頭の中にモヤがかかったような感覚に陥った。


「え……?」
すぐ隣にいる最原くんの声を聞いて我に返り顔を上げた直後、


ピンポンパンポーーン
『死体が発見されました。一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』



ピラニアが泳ぐ水槽の中に浮かぶ星くんの姿が目に入った。




アナウンスを聞きつけたのか、いつの間にか全員が体育館に集まっていた。その中には王馬くんの姿もある。
私は最原くんに心配されながらも捜査に加わった。

その間に考えていたことは動機ビデオのことだ。モノクマーズパッドを集めたけれど結局意味がなかったのだろうか。そして、自分の動機を持っていると公言した私の立場は酷く不安定だ。実際には中身は確認していないのだけれど、誰も信じてはくれないだろう。

ほぼ確実に私が疑いの対象になる。
最初の裁判の時も私は原因不明の事件に巻き込まれて訝しげな視線を向けられていた。

王馬くんのことをとやかく言える立場ではない。これではただのトラブルメーカーだ。私がやってきたことは、本当に正しかったのだろうか……。





学級裁判が始まるや否や王馬くんが口を開いた。
「今回の犯人は明白だよね! だって本人が"私は人を殺す動機があります"って言ってるようなもんだからさ!」
「名字さんは動機ビデオを持っているだけで、それを見たとは一言も言っていません!」
「オレは一言も名字ちゃんなんて言ってないんだけどなー」

そうくるよね。王馬くんは絶対にそのことに突っ込んでくると思ってたよ。王馬くんでなくても誰かに言及されることはわかっていた。
真実を持って対抗するしか、私には術がない。ひとつ深呼吸をしてから口を開いた。

「動機ビデオが私の手元にあるのは事実です……。ですが、私は自分の動機ビデオを見ていません」
「そうやって言うだけなら簡単だよ。でも見ていないっていう証拠はないよね。現状から一番疑わしいのは名字ちゃん……もしくは夢野ちゃんって思われるのは当然だと思うよ」
「……んあ?」
「どうして夢野さんまで!? 穢らわしい男死の分際で名字さんと夢野さんを疑うなんて万死に値しますよ!」
「夢野さん、マジックの仕掛けを教えてくれないかな」
「嫌じゃ。それにあれはマジックではなく、魔法じゃ」

夢野さんはあくまでタネを明かす気はないらしい。犯人だと疑われていても魔法だと言い張る夢野さんの態度からは、何かしらの執念を感じるほどだ。

このままではどんどん立場が悪くなってしまう。
動機ビデオを見ていないと主張しても、王馬くんが言うとおり証拠がないのでそれを証明できない。
だから、動機以外のことで疑いを晴らすしかない。一番はやっぱりアリバイなんだろうけれど……。
そう思ってモノクマファイルを見直し、溜息をついた。今回のモノクマファイルには死亡時刻が書かれていない。


どうすれば疑いを晴らすことができるのかを考えていたら、アンジーさんの証言や最原くんの推理で夢野さんがショーの最中に星くんを殺したわけではないことが判明した。やはりというか当然というか、今朝見たあのショーは立派なマジックだった。


これで被疑者は私一人……。
心なしかみんなの視線が痛い。もともと人前で話すことが苦手なのにこんな状況におかれて声が出なくなってしまう。私はどうすることもできずただ俯いているしかなかった。


「ケッ! どうせそこのまな板ロリ女がヤったんだろ! 疑わしきは罰しろ!」
「それを言うなら疑わしきは罰せずだよ……。動機ビデオの件で犯人が名字さんだと決めつけるのは早計だ。他の視点から考えてみようよ。例えばアリバイとかね」
「その通りだぜ! さすが助手だ! 今回は殺害時刻が肝なんだろ?」
「最原くん……百田くん……」
「名字、大丈夫だ! 俺が信じる!」

その時の2人は、ピンチの時に参上し、敵から守ってくれる朝の特撮ヒーローのようだった。
人をこれほど頼もしく思ったことはないだろう。

最原くんと百田くんの救いの手によって裁判の流れが変わった。
最原くんは持ち前の観察眼と推理力で死亡時刻を絞り込み、殺害方法を提示した。やはり最原くんはみんなを真実に導く力があり、百田くんは人に勇気や元気を与える力がある。


たとえその真実が信じたくないものであっても、目を逸らさずに向き合わなければならない。主に先頭に立っている人の負担が大きいことは察することができるけれど、私たちにはまだ2人の力が必要だ。



今回のクロ……東条さんが背負うものは大きすぎた。
東条さんはあろうことかこの国を守るために外に出ようと試みたのだ。


東条さんがクロだと分かり悲しかったけれど、それでも、私は二人に感謝しなければならない。
最原くんと百田くんが信じてくれたことが素直に嬉しかった。

腑に落ちないのは王馬くんだ。
私のアリバイが証明されたとき、王馬くんは当然だとでも言うように私の潔白を認めた。それは、初めから私ではないとわかっていて私に疑いが向けられるように仕組んだように見えた。もしかして、最初から議題に持ち上げることで前回の気絶事件のようにうやむやにするよりも確実に潔白を証明させようとしたのだろうか……?

……さすがに、考え過ぎかもしれない。

これらはすべて私が招いた事態だ。いうなれば自業自得だ。
自分の後始末もできないくせに、どうして私は動機を集めたり王馬くんを監視するようなことをしてしまったのだろう。

どうして私が……。



裁判を終えた後の空気は重く、辺りが一様に静まり返る。口が接着剤でくっついているように開かない。
今はもうしゃべる気にはなれない。

私は誰とも言葉を交わすことなく寄宿舎へと戻った。



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