13

カチャ……



夜時間がきて寄宿舎が静まり返った頃、オレは彼女の部屋をピッキングした。
彼女が起き出してこないことを確認して中に入る。


ベッドの上の彼女を見て目を疑った。
彼女はブラウスと下着しか身につけていない。ジャージ等は支給されていないから仕方がないのかもしれないが、寝る時はいつもこの格好なのだろうか。
鍵をかけているとは言え無防備すぎる。
……まさかピッキングできるやつがいるなんて思わないか。

オレはスヤスヤと眠っている名字ちゃんの頭を撫でた。

「にしし……名字ちゃんがあんなことを言い出すなんて意外だったよ。名字ちゃんがあんなにみんなのことを思って行動するなんてね。……それとも、自分のためかな?」

彼女は寝ながらも頭を撫でられていることを感じたのか、ふにゃふにゃと寝返りをうつ。

幸せそうな顔で寝ている名字ちゃんの頬を指でつついてみた。寝ていても微かに反応するのが楽しくてどこまでイタズラをしたら起きるのか試してみたい欲に駆られているがこうしているわけにもいかない。


部屋の中を物色し、意外にもベッドの下から動機ビデオの箱を見つけだした。灯台下暗しというやつか。

オレはその箱を持ち上げてみた。その重量が中身が入っていることを教えてくれる。鍵はかかったままだ。これを開けようとするならモノファニーから鍵を貰わないといけないはずだ。……オレ以外の人間は。


箱の状態を確認したオレはそれをもとの場所に戻した。

明日、楽しみにしててね名字ちゃん。






*






昨夜はなんだかいい夢を見た気がする……。

いつものように身支度を済ませて食堂へ向かおうと扉に手をかけるが、鍵が開いていることに気がついた。
さすがの私もこれには寒気を覚える。戸締まりはしたはずなのだけど、あまりにも無防備だ。特に今はみんなの動機ビデオをあずかっているのだから。
不安になった私はベッドの下を確認する。例の箱はちゃんとそこにあった。
これからは今まで以上に戸締まりには気をつけないと。
しっかりと鍵をかけたことを確認して食堂へ向かう。


「夢野さん……! 目を覚ましてください!」
「ウチはとっくに起きておる」

食堂に入るなり聞こえてきたのは茶柱さんの悲痛な叫び声だった。
「茶柱さん? どうしたのですか?」
「あああ名字さん……! 名字さんは洗脳されていませんよね!? イケメンの神様なんて信じませんよね!? 転子がいれば十分ですよね!?」
「ええっと……」
茶柱さんの迫力に気圧されていると、真宮寺くんが補足を入れてくれた。

夢野さんはアンジーさんに洗脳されて、イケメンの神様にお祈りを捧げているのだそうだ。
そしてなんと、明日の朝に夢野秘密子のマジカルショーを開催するらしい。


「それでねー、名前にお願いがあるんだよー」
「お願いですか? なんでしょう?」
「実は秘密子のハトの様子がおかしくてねー、名前に診てもらいたいんだー」
「ハト……?」
「そうじゃ。ウチの研究教室に子トラの代わりにハトがいるんじゃが、今朝から様子がおかしくてな」
子トラ?夢野さんは普段のマジックで子トラを使うのだろうか?いや、今はそこじゃなくて……。

「動物に詳しいとは言え獣医ではないのですけどハトの様子は気になりますね……。夢野さんたちはどうするのですか?」
「アンジーと秘密子は明日のショーの準備が忙しいから名前に任せるよー」
「そうですか。まあハトが苦しんでいると聞いて放っておくわけにはいきませんからね。任せてください!」
「さすが名字じゃ。お礼にウチをなでなでしてもいいぞ」
「じゃあアンジーたちは準備に取り掛かるよ。ぐっばいなら〜」
「ぐっ……なでなでなら転子がいくらでもしますよ……!?」
アンジーさんと夢野さんを見送り、悔しがる茶柱さんをなだめて夢野さんの研究教室へ向かった。


「確かにぐったりしていますね……」
今日も王馬くんのお目付け役を果たそうと思っていたのだが、ハトのためなら仕方がない。

今日はつきっきりでハトのお世話をしよう。
そう意気込んでからいくらか時間が経った。


不意に教室の扉が開き、ビクリと反応してそちらに目をやると王馬くんが立っていた。

お互いに黙ったまま視線を交わらせる。
それは猫が目を合わせて警戒しあっているような、落ち着かない気持ちにさせた。不快な沈黙がこの空間を支配する。

「どうしたんですか、王馬くん?」
その沈黙に耐えきれずに声を出す。突然の訪問に動揺は隠せないが、今日は彼の監視を諦めていたところだったので丁度よいと割り切ることにした。

「キー坊がオレのストーカーになっちゃったよおおお」
突然喚き始めた王馬くんにギョッとする。
どうやらキーボくんは一人で王馬小吉監視作戦を実行しているらしい。
「名字ちゃんのせいだよ! 責任取ってよ!」
「そんなことを言われましても……いつもキーボくんと楽しそうに遊んでるじゃないですか。正しくは一方的にイジってると言うべきでしょうけど」
「まったく名字ちゃんがそんなに薄情な子だなんて思わなかったよ! ところでさ、名字ちゃんは今日、おかしいと思ったことはなかった?」
「どういうことでしょうか?」
質問の意図がわからずに首をひねる。
おかしい、おかしい……そう言えば今朝部屋の鍵が開いていたけどあれは私が戸締まりをしっかりしていなかったからだと思う。

「特にありませんよ……?」
結局そういう結論に至ったのだが、その答えを聞いた王馬くんは、ふーんとだけ言って私から視線を逸した。
何か気に食わなかったのだろうか。


「そう言えば私も王馬くんに聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
この際だから昨日からずっと聞きたかったことを聞いてみよう。王馬くんが素直に答えてくれるかは分からないけれど聞いてみる価値はあるだろう。

「なになに? 名字ちゃんオレに興味あるの? いいよ、名字ちゃんになら何でも教えてあげる!」
身を乗り出してきた王馬くんから逃げるように仰け反りながら疑問を口にした。
「えっと……DICEについて聞きたいです。あまり聞かれたくないかもしれないですけど、王馬くんがそこで何をしていたのかとか、どんな仲間がいるのかとか……ちょっと、気になります」

昨日王馬くんの動機ビデオを見た時から気になっていた。ここに来る前、王馬くんはどんな生活を送っていたのだろう。
きっと動物と戯れてのほほんと生きてきたであろう私とは180度違った生活を送っていたのだろう。

「いいよー教えてあげる」
王馬くんは意外にもそう答えた。

「名字ちゃんには特別出血大サービス! そうだねーじゃあDICEで使ってる暗号について教えてあげようかな〜」
「えっ、そんなこと他人に教えていいんですか?」
「良くないよ。だからここを出たら名字ちゃんは強制的にオレの部下になれよ」
DICEについて聞きたいと言ったのは私だけど、勝手に秘密をバラして勝手に部下扱いをされるなんて、そんな酷いことあるだろうか。
私の制止も聞かず王馬くんは勝手に話し始めた。

「暗号にはシーザー暗号、アトバシュ暗号、たぬき言葉とか色々あるんだけど、知ってる?」
「たぬき言葉なら知ってます。ある文章から"た"を抜くと真の文章が表れるという暗号ですよね?」
「そうそう。アルファベットとかひらがなの文字列の各文字を3文字後ろにずらして作る暗号がシーザー暗号って言うんだけど、DICEではそれを使ってるんだよね」
「へえ……。例えば"おうまこきち"をシーザー暗号で表すとすると……えーと……"くかめすこと"ですか?」
「名字ちゃんのくせにやるじゃん。まあDICEでは6文字ずらすから"さけゆたすぬ"なんだけどね」
「それだけ見てもさっぱりですね」
「……まあ嘘なんだけどね!」

え……。
完全に信じていた私は一瞬耳を疑ったが、よく考えてみれば王馬くんが本当のことを言うはずがなかった。

騙されたというよりも本当だと思い込んだ私の方が悪いような気がしてくる。


結局王馬くんはDICEに関して何も明かさずまたどこかへ行ってしまった。何をしに来たのかわからないけれど、好きなように振る舞って去っていく姿は嵐のようだ。
決して本性を掴ませない。
王馬くんの謎は深まるばかりだった。



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