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さて、王馬くんとゴン太くんはどこかな。
王馬くんの私物でもあればルーちゃんに匂いを辿らせることもできるのだろうが、あいにくそんなものは持ち合わせていない。
「中庭……かな? どう思う?」
特に根拠はないがそんな気がした私はルーちゃんに相談する。中庭をウロウロと彷徨っていると、裁きの祠の扉の中から彼らの話し声が聞こえた。
我ながらこういう勘は本当によく働くと思う。
中に入ろうとした時、いきなり肩に手を置かれて軽く悲鳴をあげてしまった。
「すみません、驚かせてしまいました」
「キーボくんでしたか……ビックリしました……。どうしてここに?」
「名字さんが深刻な面持ちで食堂を出ていくのを見て追いかけてきたんです。ここに何の用があるのですか?」
「たぶんここに……」
王馬くんとゴン太くんがいる。
そう言い終わる前に扉が開いた。
「あ、本当に名字さんとキーボくんだ!」
扉を開けたゴン太くんが私達を見て目を丸くする。
「声が聞こえると思ったらやっぱり名字ちゃんか。意外と早かったね」
「まるで私が来ることを予想していたような口ぶりですね」
「名字ちゃんのことはお見通しだよ! キミはお節介だからね。キー坊はさしずめ名字ちゃんに着いてきたってところかな。どうしてこんなに早くここが分かったのー?」
「……ただの勘です。王馬くんの私物でもあればルーちゃんに匂いを辿らせることもできたんですけどね」
「へー! すっげー! もしかして全員分の匂いを辿れるの!?」
「まあ……各々の私物があれば可能なんじゃないでしょうか。でもキーボくんは個人特有のにおいがないので無理だと思います」
「ふーん。ガソリンくさい臭いですぐにわかりそうなもんだけど?」
「ボクは電気で動いているんです! ガソリンくさくありません!」
キーボくんの悲痛な叫びを無視して王馬くんは喋り続ける。
「ところでさ、オレら今作戦会議中なんだよね。動機を交換する派に寝返るなら話は別だけどさ」
「私が来ることを予想してた王馬くんならなぜ私がここに来たかもわかってますよね?」
それを聞いた王馬くんはニヤリと謎めいた微笑を浮かべた。
「ふーん、ある意味ではオレも意外と信用されてるんだー」
「名字さん、どういうことですか?」
王馬くんだけではなく私にも不審な視線を送るキーボくんと何が起きているのか把握できていないゴン太くんにもわかるように一言で説明するなら、
「えーっと、私が王馬くんのお目付け役に買って出る……ということなんですけど……」
私の弱々しい発言を受けて、キーボくんは考え込むように顎に手をやった。
「確かに王馬くんを野放しにしておくのは良くない気がしますね。でも名字さん一人で彼を制御できるとは思えません」
「……地味に痛いところを突いてきますよね……。さすがキーボくん」
「鉄屑もたまにはいいこと言うじゃん!」
「鉄屑は余計です! 話を戻しまして、そういうことですからボクも王馬小吉監視作戦に乗ります!」
キーボくんは腰に手を当てて得意げに宣言した。王馬小吉監視作戦……?
「キーボくんが?」
「作戦名そのまんまじゃん! もっとかっこいいネーミングないのかよ!」
「いや、ツッコむところそこですか?」
キーボくんの気持ちはありがたいが彼が加わったところで焼け石に水だろう。
何せキーボくんは王馬くんのイジり相手でいつも振り回されているのだから、彼だって王馬くんを制御できるとは思えない。むしろ敵戦力に吸収されかねない。
私が彼を監視しないと。
できるだけ自然に……。
私達がワイワイ騒いでいると、ふいに裁きの祠の扉が開いた。
「名字さん……と王馬くんたちも、ここにいたんだね」
「最原くん?ここにいたんだね……って、もしかして私達のことを探してました?」
「うん。名字さんがいきなり食堂を出たからどうしたのか気になって。たぶん王馬くんのことだろうなとは思ってたんだけど、あのあと中々食堂から離れられなくて今になったんだ」
「そうだ! 最原くんにも王馬小吉監視作戦に参加してもらいましょう!」
「……え? なに!?」
突然キーボくんがそんなことを言い出して驚く最原くんに事情を説明する。
王馬くんは楽しくなってきたと言わんばかりにワクワクしているし、私なりによく考えてここへ来た覚悟とは一体……。
でも最原くんが味方になってくれるならそんな心強いことはない。
「うーん……いっそのことみんなで過ごせばいいんじゃないかな?」
「……最原くん……ちょっと面倒くさいって思ってますね?実は私もです……」
最原くんは困ったように笑う。
私も調子が狂ってきた。こんな予定じゃなかったんだけどなあなんて思いながら、王馬くんを監視することには変わりないので流れに身を任せる。
結局ゴン太くん、キーボくん、最原くん、王馬くん、私の5人で一日を過ごした。
元々人と関わることが苦手な私は解散した頃にはヘトヘトに疲れ切っていた。
「名字さん、大丈夫? 大分疲れているみたいだけど」
「こんなに大勢の人と過ごすのは久しぶりで疲れました……。やっぱり動物と会話している方が楽です」
力なく笑うと、最原くんも笑顔を返してくれた。その笑顔に少し癒やされる。
「最原くんは馬っぽくて話しやすいですよね」
「馬……!?」
「はい、馬です。優しい目をしていますし雰囲気も朗らかで、臆病なところもあるんですけど側にいてくれると心強くて……。私、馬好きですよ」
「そっか……。ありがとうって言えばいいのかな……」
最原くんは少し困惑したような表情を見せたが、照れくさそうに笑った。
身体は疲れているのになんとなくまだ寄宿舎に帰る気分にはなれない。
最原くんも、私も、自然と中庭のベンチに腰掛けた。
「今日は結局みんなで過ごしただけで終わったね……」
「そうですね……。でも王馬くんがよからぬことを考えるスキを与えないという意味では結果オーライですよね!」
拳を作って小さくガッツポーズをしてみせると、最原くんが少し驚いたようにこちらを見ていることに気づいた。
「そうやって笑うところ初めて見たよ。名字さんは笑顔が似合うね」
突然の言葉に面食らってしまう。
さらりとこういうことを言ってしまう最原くん、恐るべし。
そういう最原くんの方こそ笑顔が似合っていると思う。口を閉ざしていてももちろん芸術品のように美しいのだが、優しくきれいに笑う姿は女性かと見紛うほどだ。
身体の線も細くてまるで黄金の馬と呼ばれるアハルテケのように美しくかっこいい。
恥ずかしくて口には出せなかったけど、顔が火照ってくるのがわかる。生理現象は誤魔化せない。
しばらく談笑を続けていると、百田くんが近づいてきた。
「お! 名字も一緒なのか! 丁度いい! 今からトレーニングするぞ!」
「トレーニング?」
百田くんは最原くんとトレーニングをしようと思っていたらしい。もちろん最原くんも私も初耳だ。
「あの……そういうことなら私はここで……」
既に身体が疲れていた私はそそくさと寄宿舎に戻ろうとしたのだが、ガシッと腕を掴まれた。
「名字も一緒にトレーニングして、心と身体を鍛えようぜ!」
振り返ると眩しい笑顔で百田くんが私を捉えていた。
これは……逃げ切れない……!
私と最原くんと百田くんでトレーニングをしたのだが、100回も腹筋をやらされた。明日は確実に筋肉痛だろう。
しかし同時に、明るい百田くんや優しい最原くんと身体を動かして話をしているうちに私の中で何かが吹っ切れた。
私も……自分から行動を起こすべきだ。
あんまり目立ちたくはないけど、黙って見ているだけでは何も進展しない。
この覚悟を無駄にしないために。
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