33
ブチュッっと潰れる感触がナイフを通して手に伝わる。
「ぐ……ああああぁぁぁぁ……!!!」
リュフワの叫び声が響くと同時に目玉からナイフを抜き取った。
刃には体液がこびりついている。
「自分の作品を愛でられないなら、人形を作る意味もない」
だから…
「ああ…あぁぁぁ!」
目を抑えて転げ回るリュフワの腕を地面に押さえつける。そして、もう一方の目玉を刺した。
兄を奪い、私の幸せを奪った男が声にならない音を発する。私はリュフワの身体から巻鍵を抜いた。兄を見つけ、自身にかけられていた念も解いた今、こんなものに意味はない。
全てを諦めたのか、はたまた何かを企んでいるのか、何を考えているのかはわからないが、リュフワは唸るのを止め、時折掠れた唸り声を発するだけになった。
こうしてリュフワに復讐したところで、兄が戻ってくるわけではない。
お兄ちゃん………助けてあげられなくてごめん………
もう二度と会うことのできない兄を思って歯を食いしばったその時、
「終わりだ…もう……」
独り言のようにそう呟いたリュフワが短剣を手にとって自分の喉を掻き切った。
ビシャッっと血が空を舞い、私に降り掛かる。
生ぬるくべトリとした感触と目の前に広がる真っ赤な光景に言葉も出ない。
呆然と目を見開いたまま、私は崩れ落ちるようにして倒れた。
「名前!」
床に身体を打ち付ける寸前でクラピカが私の身体を抱きとめてくれた。彼には助けてもらってばかりだ。
「ごめん……ごめん……」
口の端から漏れる小さな声はクラピカに届いているだろうか。
クラピカは自分の服を破り、私が自ら切った脚の傷に巻いてくれる。無言で手を動かすクラピカの顔は険しい。
「名前はまだ私達のことを頼りにしてはくれないのだな」
「え……?」
傷の処置が終わり手を止めたクラピカは私に顔を向けてくれない。その横顔は悲しそうにも見える。
「名前の能力を聞いたときに、全て自分で片を付けるつもりなのだと直感した。操作系ということを考慮しても名前の能力はあまりにも情報収集に特化しすぎている。それも契約ハンターにならずとも自分一人で動けるようにという考えがあってのことなのだろう?」
咄嗟に何も言えなかった。クラピカの言うとおり、私は全て自分一人で解決しようとしていた。
仲間に迷惑をかけないように。
そう思っていたけれど、クラピカの顔を見て私は胸が傷んだ。それは全くの見当違いだったのだ。仲間だからこそ、信頼しているからこそ力を借りる。そういったこともあるとクラピカに教えてもらったのに。
結局は全て独りよがりで、クラピカ達の考えを考慮していなかった。
「幼い名前は突然一人取り残されて、仲間を作ることが怖くなってしまった。そして長い間孤独に生きてきた。全て一人でできるという心の奥深くに根付いた考えを変えることは難しい。でも、私には名前が必要だ」
クラピカはしっかりと私の目を見ている。感情が昂ぶっているのか、瞳が淡く緋色に染まっている。その瞳の色は兄の赤い瞳と似ているけれど確かに違う。その視線からはクラピカの暖かさを感じることができる。彼の綺麗な瞳に吸い込まれそうだ。
「『どう生きるか?』名前にそう問われたとき私は答えられなかった。すべてを擲つつもりでいたから、先のことなんて考えてもいなかったんだ。今、その問いに答えよう。私は復讐を果たし、名前と一緒に生きたい。…名前を笑顔にさせたい」
最後の言葉を発したときのクラピカの顔がとても柔らかくて、心臓がきゅうっと絞られるように痛んだ。
今まで無意識に兄とクラピカを重ねていた。でも、当然のことだけれど2人は違う。これはクラピカ自身の言葉なのだ。それが妙に嬉しかった。
「以前名前に言った言葉があったな。『名前の気持ちが周りの者にとって力になることもあるのだ』と。自分で言ったことなのに、今になって本当にその通りだと思わされている。もう名前に悲しい想いはさせたくないと思うことで私は強くなれる。名前が望む限り私は生きよう。そして名前も、私と一緒に生きてくれるか?」
そう聞かれた瞬間に想いが溢れて涙となった。感情を言葉にすることは難しい。でも、涙を流しながら何度も頷く私を、クラピカは優しく包み込んでくれた。それだけで十分だと思えた。
気持ちが融けあって温かい。
私はクラピカと生きる。
仲間と寄り添って生きていけたら、そんな幸せなことはないなと、そんな夢のような未来を思い描いて、クラピカの胸に身体を預けた。