20


セメタリービルは騒然としていた。
より多くの情報を集めるため、ドールを探索に向かわせて自身もセメタリービルの中へと潜り込もうと試みる。

しかしドールを先に行かせていた私は中に入ることを躊躇った。
ビルの敷地内は阿鼻叫喚の嵐だった。その元凶の者たちの周りは死体と血溜まりだらけで、気分が悪くなる。

幻影旅団だ……。
彼らだと勘づくと同時に、クラピカもここにいるような気がした。


どうしよう、ドール1つじゃ足りない。
今の状況を把握するためにはもっと多くのドールを偵察に出したいところだが、今の私の技量ではおそらく1体が限界だ。この短期間で念の技を習得するだけでもすごいことだと師匠には言われたけれど、正直実践で使うにはまだまだ物足りない。

この人形遊び(マリオネット)のドールは私の手となり耳となる。私の代わりに話すこともできるし他者の念を感じることもできる。まさに私の分身だ。
マリオネットのように精密な動きができなくてもいい。念の負担を少なくした偵察のためだけの人形ならば2体同時でもいけるかもしれない。


そう考えていた矢先に、突然木の上から人が飛び降りてドールの前に立ちはだかった。
しまった……木の中に人が隠れていたとは……油断していた。

「んー人形? 操作系だな。どこにいるんだろ」
クリーム色の髪の毛で瞳が深緑色の青年がドールを掴み、辺りをキョロキョロと見渡す。
ドールを取り戻すにはこの人から逃れるしかない。
ドールで闘っても勝ち目は薄い。ましてやドールを処分されては私に勝ち目はない。
だからこそ私はドールから500m以上離れられない。
ドールを放棄した瞬間に、私の生存確率は大幅に下がる。

ドクリドクリと心臓が鳴る。

その人は確実にこちらに向かって歩いている。探りながらということは私がここにいることはバレていないと思うけれど、ドールが来た方向から考えて私の居場所を推測しているのだろう。

今すぐ暴れてこの人の手から逃れた方がいいかもしれない。
そう思った時、その青年の携帯電話が鳴った。

「団長?」
その人が電話に出た瞬間、ドールで蹴りを入れてその人の手から逃れた。
あ!という声を後ろに聞きながら私とは反対の方向にひたすら走らせ続ける。
こちらに戻したら私の居場所を教えるようなものだから。

なんとか抜け出すことができた……。
気づくと私は冷や汗をかいていた。身のすくむ瞬間だった。まだ汗は引かない。
今ので思い知らされた。ここでは一瞬の油断が命取りだ。

ドールを捕まえていたその人は踵を返すと、ビルの方へ走り去った。
それを見届けて私自身もゆっくりゆっくりとビルの方へと移動する。
ドールを掴まれただけでこんなに冷や汗をかくなんて……。クラピカはあんな人たちと闘うつもりなんだ。
そう思うと息が苦しくなる。

もっと偵察を出したほうがいいかもしれない。
さっきの人は電話の相手に向かって"団長"と言っていた。
これから団長の元へ向うのだろう。

予備として持ち歩いていたハムスターほどの大きさのドールを2体取り出す。その拍子に1枚の紙がヒラヒラと落ちた。
以前キルアに渡されたクラピカの連絡先だ。

もしクラピカがいたら…巻き込まれていたら……そう思ったらいてもたってもいられなくなった。


私は偵察に出していたドールを戻し、念を解いた。
代わりに、取り出したドールにからくりの命を吹き込む。

ドールの身体がそれぞれピクリと動いた。

「……できるだけバレないように偵察して。あなたはこのビルの周辺を、あなたはビルの中を。偵察終了の合図を受け取ったら私のもとに戻ってくること」

そう命令すると、ドール達は一斉に散っていった。
いける。これなら2体同時でも。

先程の汗とは違う、じわりと滲む汗を拭ってゆっくりとドールを追う。



まず違和感を覚えたのはビル周辺を周るドールが見た光景だった。
旅団がいない。
騒然とした雰囲気は相変わらずだが、組の連中がこの動乱に騒いでいるだけのように見える。


そして暫くして、ビル内のドールと、ビル外のドールが同時にありえないものを捉えた。

ビル内ではオークションが開かれており、ビルの周辺には旅団の死体が転がっていたのだ。

ありえない……。
姿が見えないと思っていたのに、再び戻ってきたら死体があった。それにこの異常事態の中でも平然とオークションを開催するなんてそれこそ異常だ。
もっと観察したいのに、決められた動きしかできないドールは死体やオークションを一瞥すると再び偵察に戻る。


…私自身は旅団の死体を確認し、人形遊び(マリオネット)用のドールをオークション会場へ潜り込ませよう。
すでに疲労は限界に近かったが、クラピカのことを思うと不思議と身体が動く。

私は走り出しながら、偵察用のドール達に集合の命令をかけた。作戦が立てられただけでも大きな収穫だ。
回収後すぐにマリオネットを発動し、オークション会場へと向かわせる。



青年の死体はボロボロで、想像よりも小さく見えた。
これがかの幻影旅団のボスだとは信じがたい。
他の団員の死体も確認する。その中に、見覚えのある姿を発見した。
変な掃除機を持っていた女性だ。彼女も血を流して横たわっている。


にわかには信じがたいその光景に呆然として、ハッと我に返る。

オークション会場に向かわせたドールが、1階のホールで綺麗な金色の髪の毛を目の端で捉えたような気がしたのだ。
慌てて視線をやると、血相を変えて出口へと向かうクラピカの姿があった。やはり彼もここにいた。

…こっちに来るかも。
私は慌てて場所を変える。


ほどなくしてドールはオークション会場に到達し、私の側にはクラピカが現れた。
ハンター試験以来、彼を間近に見るのは初めてだった。
その雰囲気や表情からは復讐に静かに燃える闘志が見られる。以前のような優しい彼が遠くに行ってしまったように感じる。
自ら遠ざかったくせに、ひどく自分勝手だ。

彼もまた、信じられないものを見たかのように呆然と団長の死体を凝視していた。
同胞を奪った敵が目の前で萎れているというのはどういった気分なのか。それも他人の手によって。

私が本当の意味でクラピカの心中を察することはできないだろう。
それでも彼の様子から、やるせない思いや虚無感は感じ取れた。
私はその場を飛び出してしまいたい衝動に駆られた。クラピカに、思いっきり感情を出してほしいと思った。

でもそれは当然叶うはずもない。
私が彼の前に姿を晒してもクラピカの気分を余計に悪くするだけだ。

私は静かにその場から離れた。



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