19
翌日、食料を買うために街へ出た。
フードを深く被り、顔を隠す。
街は賑わっていてそれなりに人もいる。
姿を隠すのには好都合だった。
買い物を済ませて駅へ向かう。オークション前にセメタリービルで情報収集でもしようかと思っていると、予想もしていなかった人物の姿を発見した。
ゴンとキルア……!
どうしてここに!?という疑問が湧くとともに、早く遠ざからなければと踵を返す。
彼らは目がいい上に、ゴンは犬並みの嗅覚を持っている。こんな人混みの中でも私の匂いを嗅ぎつけるかもしれない。
しかし、動揺して反応が遅れた私の背後から彼の声が聞こえた。
「名前!?」
ビクリと肩が跳ねる。
見つかったか…もはやこれまで……。
私はゆっくりと振り向いた。合わせる顔なんてないのに。
「フード被ってたから自信がなかったんだけど、やっぱり名前だ!」
ゴンが飛びついてきた。あわや後ろに倒れそうになり、とっさにバランスをとる。
「名前! また会えて嬉しい! 名前が急にいなくなって、オレ心配してたんだよ」
私は返す言葉もなく押し黙るしかない。
ゴンの横にはキルアもいる。顔色も良く、ハンター試験の時と変わりない様子だ。無事にキルアを連れ出すことができたんだと安堵すると同時に、その場面に自分がいなかったことをひどく申し訳なく思う。
「名前の連絡先も知らねーからどうしようもなかったんだぜ?オレらのことも考えろよなー」
キルアはそう言いながらも口元は緩んでいる。
どうしよう……なんて言えばいい?
私も会いたかった……?
いやいや、どの面下げて言ってるんだ。
まずは、謝る……?
頭をぐるぐると回転させていると、ゴンが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの名前? どこか痛むの?」
よほど考え込んでいたらしい。ゴンに指摘されて初めて眉間にシワが寄っていることに気がついた。
「違う……。2人に謝りたい。勝手に姿を消したこと、ごめんなさい」
私は2人に向き直って頭を下げた。
あの時はリュフワを見つけるということしか考えられなくて、衝動的になってしまった。早く情報を集めて早く念を習得しなければならないという焦燥感に駆られてしまって一時も落ち着いていられなかった。ヒソカに焚き付けられたのもあるが、結局は私の意思でそうしたのだ。
しかしある程度落ち着いてから皆に迷惑をかけたことに気がついた。あんな状態のキルアも放ったらかしにして余計な心配をかけて……。
「なんだ、そんなこと気にしてたの? そりゃあ心配してたけどこうやってまた会えたんだからいいじゃん!」
「オレもゴンに全面的に同意だな。まあ、ゴンたちがオレを連れ出しに来た時に名前の姿がなかったのはちょーーっと寂しかったけど」
キルアは拗ねるように口を尖らせて視線を外した。
「うん……ごめんね……」
私は泣きそうになるのを堪えてキルアの頭をよしよしと撫でた。
ばっかやめろよ!と手を払い除けられたけど、私の心は幸せでいっぱいだ。
いくら謝っても足りないけれど、2人がこうして許してくれるならこちらもいつまでもウジウジしている訳にはいかない。
「そういえば今からクラピカに電話しようと思ってたんだ」
その名前を聞いて身を硬くする。
「……どうして?」
「話せば長くなるんだけど、オレたちさっきまで旅団に捕まってたんだ」
「え……!?」
キルアとゴンから、2人があるゲームソフトを探していること、レオリオも一緒にいること、そして旅団との接触を簡単に説明してもらった。
旅団は危ない。
それを痛感したキルア達は旅団の一人を倒したというクラピカに協力を頼みたいと思ったらしい。
「もう何回かかけてるんだけど全然つながらないんだよね」
そう言ってゴンはもう一度電話をかけた。
そっか…私はそれだけを言って黙り込む。
「……お前もしかしてクラピカにも顔合わせてねーの?」
キルアは電話をゴンに任せて、もの言いたげな目でこちらを見る。
私は何も答えられず、かと言ってキルアを正面から見ることもできず視線をあちこちに飛ばす。
「動揺しすぎ。なんで? オレ達と同じで会うのが気まずいの?」
私はコクリと頷いた。
「突然いなくなって怒ってるかもしれない……もう私の顔なんて見たくないかも……。ハンター試験の時、クラピカには一番よくしてもらったから……」
その言葉を聞いたキルアは、はあ…と大きなため息をつく。どうすることが正しいのか、私にはわからない。
その直後、携帯に向かって話し始めたゴンの声で我に返る。
「あ、クラピカ!? よかった! ようやくつながった!」
無事に電話が繋がったようだ。
良かったと思う反面、今クラピカが電話の向こうにいると思うだけでそわそわと落ち着かない。
なんだかクラピカに会いたくないのは、ゴン達に会いたくないと思っていた感覚と少し違うような気がする。
もちろん気まずいというのもあるけれど、それだけじゃないというか……自分でもよくわからない。
ゴン達以上に会いたくない気持ちと、誰よりも会いたい気持ちが交錯している。
キルアとゴンが電話をしている間、そんなことを考えていた。
途中、キルアがチラリと私の方を見たけれど、私は咄嗟に首を横に振った。キルアは代わるか?と言いたかったのだろうが、今はまだ無理だ……心の準備が。
クラピカとの電話が終わった。2人は私の話を聞きたがったが何も答えなかった。助けが必要な時にはちゃんと話すと言って無理矢理2人を納得させた。
2人は今泊まっている場所に戻るらしい。
連絡先を交換して、私達は別れた。その足でセメタリービルへと向かう。
手には1枚の紙が握りしめられている。
私はもう一度その紙に視線を落とした。
別れ際にキルアに渡されたその紙にはクラピカの連絡先が書かれている。
私はその紙を綺麗に畳んでポシェットの中に入れた。