18
車の中が血や砂埃の匂いで充満している。
酷く気分が悪い。
窓を開けて空気を入れ換えても気分の悪さは変わらなかった。
仇を討ったところで心は晴れない。
それどころか手に伝わる振動、感触、相手の声などを思い出すと身体が重くなる。
精神的なものだけではなく、長く緋の眼に変わりすぎていたことも相まって疲労感を覚える。
気分が優れないまま車を走らせていると、前方に小さなひとつの影が見えた。
シルエットからすると女性のようだ。
こんな人気のない道を夜に一人で歩く女性を不審に思いながらそのまま車を走らせる。
ヘッドライトに照らされてそのシルエットがはっきりと見え始めたと同時に、俺は自身の目を疑った。咄嗟に急ブレーキを踏む。
疲労のせいで幻覚を見ているのだろうか……。
しかし彼女がこちらを振り向いた時、それが思い違いでないことを確信した。
フードを深く被っているがこの女性は名前で間違いない。
久しぶりに見る名前は、最初に見た時と同じように口を固く結んでいた。フードの下から垣間見えたその赤い瞳からは、以前時折見せてくれた輝きを見ることはできない。
彼女の他人を寄せ付けない様子に一層胸が締め付けられる。ハンター試験の思い出が遠い昔のように感じられる。
聞きたいことが山ほどある。
今すぐに声をかけたい。
名前に触れたい……。
しかしそのどれも今の自分には叶えられない。
俺はハンドルに乗せた手に額をつけて項垂れる。
この姿で、この汚れた手で彼女に触れることなどできない。
再び顔を上げると、もうそこに名前の姿はなかった。