Day 3
Day 3
王馬のせいでわけのわからない入間の発明品の実験台にされたその日の夜、名前はひどく疲れる恐ろしい夢を見た。その影響が尋常ではなく、翌朝目を覚ましても究極の夏バテくらい身体がだるい。その夢の内容は起きた瞬間に忘れてしまったのだが。
「名字さん大丈夫? 顔色が悪いよ」
とりあえず何か食べないとと思い食堂へ向かっている途中、最原に出くわした。出会い頭に顔色を心配され、相当ひどい顔なのだと悟る。
「昨夜なんだかひどい夢を見て……。ちょっと身体がだるいんだ……」
「夢……? 熱が出た時に悪い夢を見ることがあるけど、そういうことかな……」
どうだろう。最原の言葉に名前は首を傾げる。全身がだるくて力は入らないが熱っぽさはない。
むしろ熱とか風邪なら良かったのだが、熱はなさそうだし原因が不明で恐ろしさもある。
「名字ちゃん人間ロボットの次はゾンビなんて、いい趣味してるね!」
おいおいこんな時にやめてくれ。
災厄の権化である王馬の声が聞こえ名前は思い切り顔をしかめる。身体が不調の時に一番関わりたくない相手だ。
「王馬くん、名字さんは体調不良なんだからからかうのはやめてよ」
さすがの最原も名前を庇うようにさっと背後に名前の身を隠す。若干へっぴり腰だが、意外にも男らしい彼のハートと背中に縋り付きたくなった。
「ふーん、最原ちゃんのくせにそういうことするんだ。でもいいのかな、原因知りなくないの?」
「え……」
ニヤリと王馬の唇が弧を描く。
まさか、これも王馬の仕業だというのか。
最原の背中越しにキッと彼を睨みつけるも、力が入らず子ども騙しにもならなかったかもしれない。
「名字さんの体調不良の原因を、王馬くんは知ってるの?」
王馬を睨みつけるのに精一杯な名前の代わりに最原が口を開く。すると王馬は先程とは打って変わってケロリと真顔に戻った。
「知るわけないじゃん」
どうせそんなことだろうと思いましたよ、ええ。
名前がふっと緊張を解くと全身の力が抜けてしまったのかフラリと倒れそうになる。
「名字さん……!」
咄嗟に最原に受け止められて、自分でもぐっと足に力を入れ直す。
「ごめん、最原くんありがとう」
「うん……。あのさ、名字さん」
肩を支える最原の真剣な目が名前を見据える。最原の目をちゃんと見るのは初めてで、こんなに力強い目をする人だったのかと場違いなことを考えた。
「僕で良ければ原因を探し出す手伝いをするよ。ここでダラダラと過ごしていても意味ないから」
「最原くん……」
甘えてしまっていいのだろうか。
名前のために彼の時間を割くのは気が引ける。ただ、原因不明の体調不良ほど怖いものはない。この体調では自力の調査は骨が折れるし、正直これほど心強い助けはない。
「じゃあ、お願いしようかな」
ヘラリと彼に向かって笑うと、最原の顔にも微笑が溢れる。
「面白そうじゃん! オレもやろっかなー!」
「王馬くんは何もしなくていいから」
「酷いよ名字ちゃん! 人の善意を断るなんて! オレは名字ちゃんのことを思って言ってるのに!」
「あーあーわかった。お願いします王馬くんも手伝ってください」
「はあ、それが名字ちゃんが人にものを頼む態度なんだあ。仕方がないからゾンビ名字ちゃんを人間に戻してやるよ」
王馬の勝手な物言いにピキリとこめかみに青筋が立ったのが自分でもわかった。にしし、と笑う彼に名前も最原も小さくため息をつく。でも案外王馬があっさり解決してくれるかもしれない。彼にはそんな期待を抱かせる凄さがあることも、ここ数日で感じていた。
歩き去る王馬の背中を見送り、最原も名前の肩から手を離す。
「じゃあ僕はまず名字さんの昨日の行動を聞こうかな。そこに何か原因が隠れているかもしれないし」
「おお、何か探偵っぽいね」
「まあ……一応探偵だからね……」
苦笑いを浮かべる最原と一緒に食堂へ入る。とりあえずは食べられるものを食べて体力を回復しようということだ。
朝食には遅い時間だったので食堂には誰もいない。だが厨房には名前の分と思われる朝ごはんがおいてあり、なんだか申し訳なくなった。
名前は東条お手製の味噌汁をいただきながら昨日の行動を振り返る。
朝最原と一緒に食堂へ向かったことから、王馬に変な機械の実験台にされたことまで。とにかく話せることはすべて話す。すべて話し終えた頃にはお椀の中はすっかり空になっていた。
「うーん。一番怪しいのは入間さんのその機械だね」
「やっぱり……」
昨日の行動の中で変わったことといえばそれしか思い当たらない。どう考えても入間の機械は怪しすぎる。薬ではないが何か副作用があってもおかしくはない怪しさだ。
「入間さんに聞きに行くか……」
あまり気乗りはしないが、彼女の話を聞かないことには先へは進めない。トレーを持って立ち上がろうとすると、向かい側に座る最原の手が伸びてきて名前のトレーを奪う。
「名字さんは部屋で休んでてよ。僕が行ってくるから」
「ううん、東条さんのお味噌汁を飲んだら少し回復したから」
にこりと笑ってみせるも最原の顔から硬さは取れない
「それに、私も自分の耳で聞いて目で見ておきたいんだ。私自身のことだから。足手まといにならないように、疲れたらすぐに部屋に戻るから」
もう一度念を押すように、行かせて、とお願いすると、最原は渋々といった様子で頷く。
お腹を満たしトレーも下げ、準備万端だ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
食堂の扉を開ける最原に続き名前も食堂を出る。先程は立派なことを並べ立てたが、実のところ一人になりたくないというのも理由のひとつ。風邪をひいた時に心細くなるあれだ。それを同年代の男の子に言うのはなんだか恥ずかしくて、心に秘めておこうと思った。
名前と最原はまず入間の研究室を訪れる。
室内は無人で、手術台を思わせるやたら明るい照明が機材の乗った机を照らしているだけだ。本人の印象とは違って、冷酷で恐ろしさを感じさせる室内に背筋がひんやりと冷たくなる。
明るく照らされた机の上には作りかけの機材がバラバラと置かれている。全く完成図は見えないがひとつひとつの部品がとても小さい。よく見るとスマホのカメラサイズのレンズもあるようだ。
「最原くんこれなんだかわかる?」
「なんだろう。なにか小さなものなんだろうけど……わからないな」
最原と一緒にうーんと唸り首を傾げる。勝手に触ることもできないので、それが黒くて硬いものだということしかわからない。こんな小さな部品を組み立てる入間を想像して、やはり超高校級というだけあってすごい人なのだと再認識する。普段からその片鱗を見せてくれたら印象も違ったものになるのにと思うも、彼女が態度を改めることはないだろう。残念だ。
結局教室内を一通り見て回ったが、どんな機械なのかわからないものばかりだった。ただどれもろくでもな……何かの役に立ちそうにはない。
「どうしよう、手がかりになりそうなものはないね」
「そうだね。入間さんの部屋に行ってみようか」
そう言って最原が振り向くと、眩しい照明を避けるように壁に手をつき、力なく笑みを浮かべる名前がいた。弱々しい声音と今にも崩れそうなその立ち姿は、誰がどう見ても安静にしておくべきだと言うだろう。
「名字さ……」
「行こう、最原くん」
だが名前は最原にその言葉を言わせなかった。それが余計に最原を困らせているとしても。
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