Day 1 - 2


乙女心を弄ぶ男から逃げるように歩くも、その最低な彼は全く自責の念なんてものはなく名前の後ろを悠々とついて歩き、からかってくる。
ついには外に出てしまい、もういい加減にしてくれと思いながら歩みを進めていると、食堂のテラス席に腰掛ける人物が目に入る。
恐らくあの頭の色は天海だ。

そう認識した時、彼とばちりと目が合い片手をあげられる。名前はこの際誰でもいいから王馬小吉を止めてほしい一心で、藁にもすがる思いで天海に歩み寄った。
「すごい早歩きっすね」
テラス席で優雅に足を組む天海は、情けない表情を浮かべる名前を見て愛嬌よく笑う。その情けない顔も、大方名前の後ろを笑顔を浮かべながらついて歩く王馬が原因だろうと天海は察する。
名前は天海が声をかけてくれたことに内心ほっと胸をなでおろした。

「いやあ、このうるさい彼から逃げてたもので」
「えー、そんなこと言って、名字ちゃんオレにときめい」
「何のことかな!」
憎たらしい彼の口を両手で塞ぐ。窒息死させるつもりかと、またわけのわからないことを叫ぶ王馬を殴ってやりたい気持ちに襲われるが拳を握りしめることでぐっと堪える。


「天海くんは何してたの?」
王馬の相手をするだけ体力の無駄だと考え天海に身体を向けた。かと言って天海なら万々歳というわけでもなく、その耳や手にたくさんついたアクセサリーが少し恐いが背に腹は変えられない。
「俺っすか? 何もしてないっすよ。強いて言うなら、二人を待ってたっす」
ニコリと愛嬌のいい笑みを零す天海に、どういうことかと首をひねった。名前の表情を見た彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、食堂へと続く扉にちらりと視線を送る。
「とりあえずご飯にしようって言ってみんな食堂にいるんすよ」
「え、順応性高すぎない?」
高校生ってこんなものなのか? よくわかんないけどとりあえずお腹すいたしなんか食べようぜー、的な。

「ふふ、名字さんもそう思うっすか。たぶんみんな、よくわからないなりにいつもと同じ行動を取ることで平静を保とうとしてるんすよ」
気持ちはわからなくもないっすよね、と口元に手を当てて笑う天海に、名前はなんだか親しみを抱いた。
どこかこの異様な空間を客観視しているような余裕と、見た目の印象とは違って棘のない人柄が名前の警戒心を解いた。なんだか以前から知っていたかのような安心感があり、名前は自然と笑みを零す。

「モノクマに文句を言っても聞いてくれそうにないし、まずは腹ごしらえだね!」
にっと笑って見上げると、天海も笑顔を浮かべて名前を見ていた。そっと背中に手を当てられて、食堂の中へと促される。
「じゃあ俺たちも腹ごしらえに行くっすか」
そう言った天海が一瞬王馬を睨んだような気がしたが、もう一度顔を見上げた時にはあの優しげな笑顔がそこにあるだけだった。




天海に促されるようにして扉を開けると、ほとんどの生徒が長机に座って談笑していた。この場にいないのは一人を好みそうな春川や星たちか。
春川は恋愛観察バラエティなんてしょうもない、なんて言って面倒臭がってそうだから彼女と同盟を結んでみようか。そんな勝手なことを考えながら見回した食堂は、特筆するほどでもない日常風景の一幕のようだ。
「あ、名字さんどこにいらしたんですか!?」
「うん、ちょっとね……」
また余計なことを言わないようにあえて王馬の名前は出さなかった。下手に絡まないのが吉。

「ご飯食べるって聞いたんだけど、誰かが作ってるの?」
厨房の方からは既に食欲をそそるいい香りが漂ってきている。こうして美味しそうな匂いを嗅いでいると、ぐうとお腹が鳴りそうになり、初めて自分が空腹であることに気がついた。
「東条さんが作ってくれてるよ。初めは手伝おうと思ったんだけど、なんだかただ足手まといになりそうで結局こうして待ってるんだ」
苦笑いをこぼす赤松の机を挟んだ向かい側に立つ。東条は確か超高校級のメイドだ。料理の腕も確かなのだろう。
「じゃあ私も待ってる」
そのまま赤松の向かい側、白銀の隣の椅子に座ると、一緒に食堂に入ってきた天海も自然に名前の隣の椅子を引いた。
「名字さんは王馬くんと一緒にいたの?」
「え? あー……うん」
名前が曖昧に頷くと、赤松はそっかあと零し王馬の方を見たのでつられて名前も王馬の方に顔を向ける。

「ロボットなのにご飯食べるの? ガソリンいる?」
「ボクの動力源はガソリンではありません!」
「ふーんじゃあご飯食べられるの?」
「いや……それはできませんが……」
「なーんだ、やっぱりガソリンなんじゃん。ここは人間がご飯を食べる場所だよ?」
「だからガソリンじゃありませんって! それに、食物を口に入れられなくたって食堂に入る権利はあります! ロボット差別です!」
ムキーっと怒りを全身で顕にするキーボとそれを見て面白がる王馬。王馬は人をバカにして遊ぶのが好きなのだろうか。そうだとしたらとんでもなく性格が悪い。相変わらず低レベルな言い争いだが、さすがにキーボが可哀想に思えてくる。

「王馬くん容赦ないね……」
「小学生並み……」
「はは……」
ちゃっかり赤松の隣に座っている最原も彼らに呆れたような眼差しを向ける。その目が、彼らとはあまり関わり合いになりたくないと訴えているのがわかる。


「ねえ名字さん」
ふいに隣に座る白銀に肩を叩かれた。王馬たちの低レベルなやり取りから視線を外し、白銀に顔を向けると、想像以上に顔が近い。
「ん?」
思わず天海の方に仰け反るようにして身を引いた。無遠慮なほどまじまじと顔を見つめられて、居心地が悪い。見つめる、というよりも、名字の顔を観察するような視線に耐えられず目が右往左往してしまう。

あの、私何かしましたか。

どうしたのかと問うと、白銀は暫くうーんと悩ましげな声を漏らす。そして唐突にパアっと顔を輝かせた。
「やっぱり、名字さん絶対コスプレ似合うよ!」
「え」
どういうこと。
突然の宣言にポカンと口を開ける。戸惑っているのは名前だけではなく、いつの間にか赤松と最原も不思議そうにこちらを見ていた。
「名字さんって肌が白くて綺麗だし目もぱっちりしてるもん。今のままでも十分猫目系美少女キャラなんだよね」

「猫目系美少女キャラ……」
とはなんぞ。

「だからこそ美少年キャラのコスプレやってほしいって思っちゃうな」
白銀の舌は止まらない。あれやこれやと具体的なアニメキャラの名前を挙げられるがほとんどついていけず、赤松と最原も白銀の圧に押されているように名前と白銀を見守っている。
わけがわからないが、ただ、褒められていることはわかる。
「なんか、ありがとう……」
「うんうん。興味があったらいつでも声かけてね。名字さんなら大歓迎だから」
フフフ、と白銀が楽しそうな笑みをこぼしたところで東条が美味しそうな匂いとともに厨房から料理を持って運んできた。

「あ、運ぶの手伝うよ!」
赤松や茶柱が席を立ったのを皮切りに一旦食事につく流れになった。名前も食器類の準備を手伝おうと椅子を引いた時、今度は白銀の逆隣から声をかけられる。
「名字さんがコスプレしたら俺にも見せてくださいね」
「えー……なんか恥ずかしいし……。というかコスプレしないよ!」
「そうなんすか? 俺も可愛い格好とか似合うと思うけどなあ」
珍しく人の悪い笑みを浮かべる天海を軽く睨みつけて東条の元へと歩き出す。
「もう、からかわないで!」
意地悪だったっすかね、と言う彼の楽しそうな声を背後に聞きながら、名前の口からも呆れたような笑みが漏れていた。




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