Day 1
最近巷では、恋愛バラエティが流行っているらしい。同じ年頃の男女を集めてシェアハウスをしたりツアーを回っているうちに、惹かれ合ったり修羅場になったり。そういった過程を見て楽しむ、らしい。
先程からすべての情報が曖昧なのは私にこの類の番組の知識がないからだ。
他人の恋愛を見て何が楽しいのか。特に修羅場なんて他人でも知人でも見ていて楽しいものではないし、あんなのどうせヤラセに決まっているのだ。俗に言うパリピたちがイチャイチャしたりギスギスしたりしているだけ。
私とは全く無縁の世界。
そのはずだった。
Day 1
「今日からオマエラには恋愛観察バラエティに参加してもらうよ」
そんなモノクマの一言から始まった奇妙な生活。
いやいやいや、普通こういうのって本人の承諾があって番組が成り立つものではないだろうか?
こんなのモデルさんやタレントさんに任せておけばいいじゃないか。いや、超高校級である私たちはある意味タレント性はあるのかもしれない。それでも本人の承諾もなしにこんな番組が成立するわけがない。第一、私たち全員にやる気がなかったら即刻強制打ち切り待ったなしでしょ。
みんながワイワイガヤガヤと文句を囁いているのを聞きながら名前も心の中で文句を垂れ流していると、アンジーがでもでもー、と口を開く。
「アンジーたちは17人だから、1人余っちゃうねー?」
アンジーの何気ない一言。しかしそれは名前を含めたこの場の全員が一瞬口を閉ざすほど衝撃的な事実だった。
「確かに、地味に女性の方が多いね……」
白銀の一言が追い打ちとなり、名前は頭を抱えそうになる。じゃあ何か? 視聴者は女同士の修羅場展開を望んでいるのか?
「ちなみに一人余ったらどうなるのじゃ?」
「その人には"特別なこと"があるよ! お楽しみに!」
「絶対罰ゲームじゃん……」
モノクマの耳につくほど明るい声音とは対照的に、名前の口からは絶望的な呟きが溢れる。
「一人と言わず、誰も結ばれなかった場合はどうなるのかしら?」
「その場合は、その"特別なこと"の対象となる人を、結ばれなかった人たちの中から一人選んでもらうよ」
ということはつまり、最後には必ず一人"特別なこと"が待ち受けているというわけだ。それが嫌なら必死こいて相手を探せ、と。
こんな番組、質の悪い冗談に決まっている。
そう思いたいのに、エグイサルとかいう悪趣味なロボットと、その"特別なこと"のせいで若干ビビっている自分がいる。こんなの刑法第222条脅迫罪で訴えてやる。
モノクマの一方的な説明が終わっても、まだ納得のいかない名前はみんなが体育館をあとにしても、一人その場に残っていた。
「何かな名字さん? そんな熱心にボクを見つめて……。ハッ、もしかしてボクを攻略したいとか? ごめんね、ボクは学園長だから攻略対象じゃないんだ」
頬を赤くしてハァハァと荒い息を吐くモノクマをギロリと睨みつける。
違う違う、モノクマと喧嘩をしたいわけではないのだ。
ふう、と一つ息を吐き、冷静さを取り戻す。私はモノクマに聞きたいことがあってこの場に残ったのだから。
「あの、恋愛観察バラエティと言えど、その相手が異性でないといけないと決まっているわけではないよね? つまり、同性と仲良くなって晴れて結ばれましたーって展開もありなのかなって……」
言っていてなんだか恥ずかしくなってくる。別にこれは百合漫画でもないし、名前も恋愛対象が同性なわけではない。ただ、仲良くお友達としてこの10日間を過ごせればいいのではないかと思ったのだ。修羅場に巻き込まれず、かつ罰ゲームもない、現状ではベストな展開だ。
「うん。そういうのも需要があるしいいよ。名字さんが意外とノリ気でボクは嬉しいよ」
「あー、はい。じゃあそういうことで」
モノクマのトークに真面目に返す必要はない。
誰か他にやる気のなさそうな女の子と同盟を結ぶか。大体の目星をつけながら名前はそそくさとその場を去る。
あーあ、なんでこんなことになっちゃったのかなあ。
ひとりため息をつくも、その虚しい吐息は鉄格子がはめられた廊下に消えていくだけだ。私だってちゃんと恋して結ばれて、一般的な恋愛をしたいお年頃ではあるが、こんな異質な空間でそれを成し遂げられるのか、全く自信はない。
「名字ちゃんってそっちの人なんだー!」
「ひぇっ」
突然廊下に響いた自分以外の声に心臓が止まりそうになる。ビクリと肩を震わせ振り返ると、黒い心の中とは正反対な白い服を着た小柄な彼の姿がある。
「王馬くん……そっちの人って何?」
「うん。頭の悪い名字ちゃんにもわかりやすく説明すると、同性愛者ってことだよ」
「はあ!?」
突然そんなナイーブな話題をふっかけるなんてどうかしてるんじゃないか。というか私は同性愛者ではない。
「どうしてそんな話になるの!?」
「さっきモノクマに聞いてたじゃん。同性も認められるかって。人って見かけじゃわからないよね!」
王馬は、たはー、と悪気がない笑顔を浮かべる。どうせその笑顔の裏で絶好のいじめ相手を見つけて楽しんでるのだ。ただ、その軽薄な口からペラペラと嘘を撒き散らされては困る。
「それは例えばの話で、同性と仲良くなってここから出られればそれが一番平和に済むかなって思っただけだよ。そりゃあかっこいい女の人がいれば好きになる可能性はあるけど……」
「ふーん、名字ちゃんはかっこいい人が好きなんだ。クラスの人気者に恋して見てるだけで幸せーとか言ってるタイプ?」
ああ、余計なことを言ってしまった。
もっと周りを確認してからモノクマに聞けばよかった。
初っ端から一番厄介そうな彼に絡まれてしまったことに名前はついに頭を抱えた。好きなタイプとかわからない。というかそんなに私をいじめて楽しいか。
「そう言う王馬くんはどんな人が好きなの?」
早く自身の話をやめてほしかったことと仕返しのつもりでそう問うと、にこにこと笑っていた王馬の口元がニヤリと歪められる。
「えー名字ちゃんオレのこと気になるの? 聞いてどうするのさ。それをダシにオレを脅す気?」
「どうしてそうなるの……。私がもし王馬くんの秘密を知ったとして、それを有効に使える手段と頭を持ってると思う?」
「うん。それもそうだね!」
にしし、と笑う王馬くんを見て名前も思わずヘラリと口元が歪む。我ながら虚しい返答だ。
「で、どうなの?」
名前がもう一度問うと、先程までの彼とは打って変わって、そんなに聞きたいんなら教えてあげる、と妖艶な声が耳をくすぐる。思わず隣に並ぶ王馬に目をやれば、口元に人差し指を当て、ニヤリと秘密めいた大きな瞳が名前を捕らえていた。
「名字ちゃんみたいな人だよ」
ドクリと心臓が跳ねた。
もしかしたら、身体ごと跳ねていたかもしれない。比較的幼い見た目の彼からは想像もできないような大人な表情に、名前の顔に朱が滲む。人差し指が当たる唇も、大きな紫色の瞳も、全てが名前の視界を奪ってしまうほど魅力的だった。
「なんて、ウソだけどね」
……は?
先程の妖艶な彼はどこへやら。ケロリと手のひらを裏返しにししと笑う王馬は、名前がよく知る掴みどころのないいたずらっ子の顔だ。
「ほんと、あり得ない!」
ぷるぷると震える肩を怒らせて赤くなった顔を隠すように足を速める。
これから先、どんな運命が名前を待ち受けているのか、この時は知る由もなかった。
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