Day 8


Day 8



目が覚めると、薄暗いピンク色の照明が空間を支配する部屋にいた。そんな怪しい部屋の中で、名前はキングサイズほどの大きさのベッドに綺麗に足を揃えて横たわっている。まるで毒リンゴで眠ってしまった白雪姫のように。首から上は動かせそうだが、胴体や手足は金縛りにあったように動かない。状況が掴めないが何かよくないことが起きていることはわかる。助けを求めようと口を開いたところで声が出ないことに気がついた。助けを求められないとわかった瞬間、さっと血の気が引く。

まずい。誰か、誰か助けて。

心の中で叫ぶと、ガチャリと扉を開く音がした。
名前は咄嗟に目を瞑る。こんなことをした犯人か、助けに来てくれた人か。わからないが下手に刺激しない方がいいような気がした。
その人物がゆっくりとこちらに歩み寄る気配がして、助けに来てくれた人ではないと確信した。
もしかして誘拐されたのだろうか。一体誰がこんなことをしたのか。
その顔を確認するために目を開けようとした時、名前の頬をするりと指がなぞった。

「かわいい……」

私は、この男の声を知っている。
瞬時にそう思ったが誰の声なのかはわからない。頬をなぞる手は、顎から首へと移動し、胸の位置で止まった。暫くそこで止まっていた手が、柔らかい手つきで胸を通過し脇腹をなぞる。
名前は咄嗟に目を開けた。
男の顔にはモヤがかかっていてそれが誰なのかはわからない。
大声で叫んで逃げ出したかった。めちゃくちゃに暴れて男を蹴ってやりたかった。
なのに身体が言うことを聞いてくれない。
男の顔が名前の首筋に近づき、すんと匂いをかがれる。酔いしれるように息が上がった男はそのまま首筋にキスを落とした。チュッと音を立てて男の顔が離れたと思ったら、宝物を触るように名前の頭をゆっくりと撫でる

名前はその行為をされるがまま受け入れるしかなかった。






名前は再び目を覚ました。一番に見えたのは、ここ数日ずっと見てきた自室の天井だった。
あのピンク色の部屋での出来事は夢だったのだとわかったが、首筋に落とされたキスや脇腹をなぞる手の感覚が妙にハッキリと体にこびりついている気がする。それだけじゃなくて、倦怠感がさらに増している。
ぐったりとした身体をベッドに預けたまま暫く動けそうにない。
昨夜見た夢の内容が、実際に我が身に起きた出来事だったとしたら。


部屋のチャイムが鳴ったのはそんな恐ろしい考えが脳裏を掠めた時だった。
重い腰を上げて扉を開ける。そこには、沈痛な面持ちの最原と天海が立っていた。

「どうしたの?」
眉間に皺を寄せたまま黙っている2人に声をかけると、漸く天海が口を開く。
「心配で見に来たんすよ」
眉尻を下げたまま柔らかく微笑む天海を見て、何か言いたいことがあるのだと気付いた。昨夜の夢が脳裏を過り名前は一瞬顔を顰める。しかし彼らは名前のことを按じてくれているのだ。こんなに親切な人たちに一瞬でも嫌な顔をしてしまった自分に嫌気がさして、ぎゅっと拳を握る。儚げに微笑を浮かべた名前は彼らを部屋に招き入れた。


ローテーブルに添えられたソファに最原と天海が並ぶ。名前自身はベッドに腰掛けた。
2人は硬い表情で組んだ指先を見つめたり、目線だけで部屋を見渡したりしている。天海がチラリと最原を見やったことで、この間は最原の発言待ちなのだと悟る。彼の口から何を聞かされるのか。名前は早く知りたいような、耳を塞ぎたいような、どちらとも言えない気持ちで最原の言葉を待った。



「愛の鍵……?」
設定に付き合ってあげなければ、相手は夢見が悪くなり、うなされて、次の日2日酔いみたいに気分が悪くなる。
ぎゅっと手を握りこみ意を決した様子の最原の口から聞かされたのは、到底信じられないような話だった。隣に座っている天海は事前に話を聞いていたのか、一つ深く頷く。この二人でなければ、こんな話信じていなかったかもしれない。例えば話を聞かされていたのが王馬だったら、ああはいはい、なんて言って一蹴していただろう。それは決して私が彼に意地悪をしているわけではなくて、申し訳ないが彼の日頃の行いのせいであると言い訳をしたい。

「症状的には近いかなって思うんだ。ただ、毎日っていうのが引っかかるんだよね。モノクマの話だと、狙った相手を選べるわけではないらしいから……」
最原は顎に手を当てて探偵らしく考える仕草を見せる。
「大丈夫っすよ名字さん。ここを出る頃にはきっと体調が良くなってるっす」
天海は右手で名前の頬に触れた。リングのひんやりとした冷たさと、彼の大きな手のひらの暖かさが名前の頬を包み込む。名前は数秒天海の目を見つめて、ゆっくりと顔俯かせる。
「大丈夫っすか?」
「名字さん大丈夫!?」
違う、違うんだよ。
名前の体調が悪化したと思い心配の声をかける天海たちにゆるゆると力なく首を横に振る。話を聞いてしんどくなったわけではない。名前は天海と最原の優しさに胸が苦しくなったのだ。どうして名前に構うのか。こんなに優しくしてくれるのか。自分は二人にここまでされるような人間には思えない。何を返せるかもわからないのにここまでしてもらって、もうやめてほしいとさえ思ってしまう。

自分の膝にぽたりと水滴が落ちて、涙が出ていることに気がついた。泣いても二人を困らせるだけだと思って涙を引っ込めようとするが、我慢しようと思うほどポロポロと涙が溢れてくる。
「ごめんなさい……私、迷惑かけてばかりで、何も返せないのに、こんなに親身になってもらって……」
指で涙を拭いながら言葉を漏らすも、ぐずぐずと鼻声になっていく。指だけでは処理しきれなくなった涙が、また膝を濡らした。

泣いたって二人にさらに迷惑をかけるだけなのに。

二人の困惑を滲ませた視線にいたたまれなくなった時、名前の身体がふわりと温もりに包まれた。
「俺が好きでやってることなんで、名字さんは何も気にしないでください」
名前の首筋に天海の吐息がかかる。

その瞬間、もしこの体調不良が愛の鍵のせいなのだとしたら、この学園にいる誰かが愛の鍵を使って名前を相手にしたのだということに気がついてしまった。

「あ、まみくん……」
名前は身体を硬直させて彼の行為を受け入れることしかできない。天海は名前の後頭部と背中に腕をまわし抱きしめ、すうっと深く息を吸った。

今朝見た夢が脳裏を掠める。

天海の身体は確かに温かいのに、反して名前の身体はすっと体温が下がった気がした。

天海は身体を硬直させて動かない名前からゆっくりと身体を離す。

「すみません、驚かせたっすよね。そういうことなんで、俺は喜んで名字さんの力になります」
困惑の色を隠せない様子の名前に、微笑を見せる。名前は眉を下げて笑う彼に向かってコクリと頷いたが、何が"そういうこと"なのかさっぱりわからなかった。
「僕も好きでやってるだけだから、名字さんは気にしないで。これでも一応、探偵だから……」
優しいことを言ってくれるのに、じゃあなんでそんなにばつの悪そうな顔をしているの。

「……ありがとう、ふたりとも。私も、モノクマに詳しく聞いてみるね」
名前は努めて笑顔を顔に貼り付ける。しかし、ようやく絞り出した声は、何かに怯えているように掠れていた。


二人は名前に親身になってくれているのに、疑うなんて恩を仇で返すようなものだ。そう思うのに、心から二人を信じることができない。この学園内にいる者の中に犯人ではないと言い切れる者はいないのだ。

だったら誰かに頼ってばかりではなくて、自分で考えないといけない。
あの人を信じるために。





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