we believe in living it.
初めて袖を通す隊服。こうして同じものを身に着けるだけで、チームの一員だという意識がぐっと強くなる。
この上着は、デザインは茶野たちと同じコートのようなボタン留めになっているが、名前のサイドエフェクトを考慮してジャージのようにジッパーで開け締めできるようになっている。脱ぎやすい設計が名前には嬉しい。
戦闘体は元々アウターしか脱げないようになっているが、そもそも脱ごうと思う人がいないので着脱の設計まで拘っている服はあまりない。まさに名前のために設計してくれたことがわかる。あとで十倉に感謝を述べておかなければ、と名前はひとり口元を緩める。
早速ジッパーを下げて上着を脱いだ。その下は胸を隠すために巻かれたさらしのみ。さらし姿は名前の戦闘体だ。普段の防衛任務ではしっかりと上着を着て戦うが、アフトクラトル戦のようにサイドエフェクトを必要とする場面では名前はさらし姿で戦っている。脱いだ上着を腰に巻いて鏡の前で1回転する。
ああよくわかる。誰かこの部屋に近づいてきてる。
さらし姿で遺憾なく発揮されたサイドエフェクトがある人物の来訪を告げる。いくら自分の隊の作戦室とはいえ、開けてびっくりさらし姿の女性がいましたとなれば申し訳ないので、そそくさと上着を羽織った。
その直後、作戦室の扉が開く。
「名前さんお疲れ様です。もう来てたんですね」
「お疲れさま茶野くん。初めてのランク戦でなんか落ち着かなくて」
名前の前に姿を表したのは我が隊長である茶野だった。自分が一番乗りだと思っていたのだろう。名前の姿を見て茶野はほんのわずかに目を丸くする。
「調子はどう?」
朝ごはんを聞くくらいの緩い口調で尋ねると、茶野はきりっと眉を上げる。
「万全です」
少し固い笑みを浮かべた茶野はやる気十分といった様子だ。新メンバー初試合ということで緊張はしているようだが、それよりも楽しみといった感情が勝っているように思える。
「いいね〜今日は任せたよ!」
これなら安心だと、茶野の頭をぽんぽんと撫でる。茶野は照れくさそうにはにかみ、よろしくお願いしますと屈託のない笑みを見せた。
『隊員の転送がスタート! せっかくですので今回は玉駒第二の試合に集中してお届けしたいと思うのですが……このギャラリーの多さ! おそらく初参戦である、ベールに包まれた鏡宮隊員目当ての方々もいるのでしょう!』
『オレもすっごい楽しみにしてた! だってあの名前さんが隊に所属するとか誰も予想してなかったでしょ!』
『その辺の事情の説明を佐鳥先輩お願いできますか?』
『OK! 桜子ちゃん!』
ばちりとウインクした佐鳥は意気揚々と語りだす。
嵐山と同期である名前は今まで一度も隊に所属していなかったこと。ソロのランク戦でも戦うことが少ないにも関わらずほぼ完璧万能手の実力があること。戦うオペレーターとしてアフトクラトル戦でもトリオン兵の山を作ったこと。
『隊に所属していなかった理由はいろいろ囁かれてるんだけど、オレは本当の理由は知らないんだよね。同期の嵐山さんとかは知ってるのかもしれないけど』
佐鳥のセリフに思わず三雲は佐鳥の顔を見る。その顔に嘘はない。もしかして名前のデリケートな部分に触れることが躊躇われて事情を知らないと嘘をついたのかと思ったがそういうわけではないようだ。佐鳥は本当に名前の弟の事情を知らない。玉駒のメンバーがみんな知っていたので周知の事実だと思っていたがどうも知る人ぞ知る事情のようだ。
名前の事情を知らない2人は、目覚ましい活躍を見せてくれるのでしょうかという言葉で締めくくった。
三雲はただ唇を引き結んで開戦を待つことしかできない。首筋につうと冷や汗が伝った。
『間宮隊と茶野隊は合流を目指す模様。鏡宮隊員と雨取隊員はバッグワームによりレーダーから姿を消しています』
『名前さんは万能手だからもちろん狙撃もできるけど、イーグレットを出してないし狙撃手としての参加じゃなさそうだね』
『なるほど。ということは鏡宮隊員が姿を消しているのは他に理由があるということでしょうか。茶野隊の狙いが気になるところです』
「茶野くん藤沢くん合流できそうー?」
「茶野A2地点付近に転送されました。移動中です」
「藤沢、転送位置が合流地点と近かったのでそのまま待機です」
「鏡宮了解。C4地点から向かいます」
「茶野了解」
どうやら名前が一番合流地点から遠い場所に飛ばされているようだ。それを聞いて安心した。自分ならどうにかできる。あとは他の隊の動き次第だ。十倉に通信しようとしたちょうどその時、彼女の声が届いた。
「間宮隊がB4地点で合流目前です」
「十倉ちゃんナイスタイミング! 空閑くんってD5地点付近にいるかな?」
「えっと……D5地点から北に向かっている反応があります。おそらく空閑さんですが私たちが先に合流できそうです」
「了解、ありがとう」
ということは斜め後方の気配はやはり空閑か。彼の位置から離れているとはいえうかうかとはしていられない。ああもうバックワーム邪魔だなあ。気配が感じにくい。名前は防衛任務とは違う雰囲気に浮き足立つ思いでスピードを上げて合流地点を目指す。
一方、間宮隊は茶野隊よりひと足早く合流し、密集する住宅の影に潜む。
「この位置、玉駒第二と俺らで茶野隊を挟み撃ちできそうだな」
「じゃあ敢えて玉駒が合流してから仕掛けるか?」
「……鏡宮さんと玉駒の狙撃手の位置がわからないうちはその方がいいだろう」
「本当にその判断が正しいかな……?」
「なっ……!」
ぴょんと飛び出した名前は間宮隊に斬りかかる。しかしその攻撃は間宮には当たらず、ギリギリ左側面の空を斬る。名前の攻撃を交わしたと思った瞬間、アステロイドが間宮の身体を貫き、もう一人の腕も削った。名前の背後から、4つの銃口が間宮隊を捉えている。
『戦闘体活動限界 緊急脱出』
「茶野くんいいね〜その調子! 藤沢くんもナイスアシスト!」
「「ありがとうございます!」」
『あっという間だー! 間宮隊隊長が茶野隊の奇襲により緊急脱出!』
『すごい……これが狙いだったのか』
『名前さんがバックワームで姿を消していたのもおそらくこの奇襲のため。名前さんが空振ったのもわざとだね。右側に避けさせることによって藤沢くんと茶野くんの弾を正確に当てさせたんだね』
『なるほど! しかしそれほどの技術があるのなら鏡宮隊員自ら斬ることも容易いはずですが、そうしなかった理由があるのでしょうか?』
『ん〜、経験の少ない茶野くんたちに積極的に攻撃参加してほしいとか?』
佐鳥の言葉に三雲は膝の上で拳をぎゅっと握る。
おそらく名前は自分で攻撃できないだけだ。やはり、名前は人に攻撃できない。三雲は口を噤んだまま試合の様子を映し出す画面を見つめる。
間宮隊は隊員が一人負傷し、隊長を失っている。瓦解寸前にも関わらず茶野隊は間宮隊に追い討ちをかけることなく来た道を戻る。三雲にはそれがどういうことなのか、動きが読めない。どこに向かっているのかと画面を食い入るように見つめる。その先にいるものを見て、三雲は息を呑んだ。
『えっ……空閑の方に向かってる……?』
『ああっと試合が大きく動いているので解説はこの辺にして実況に戻りましょう。茶野隊は瓦解寸前の間宮隊ではなく背後に迫る空閑隊員の元へ向かう模様! そして今、空閑隊員と茶野隊が集まりました!』
『ん〜? 名前さんは好んで強敵と戦うような好戦的なタイプじゃないんだけどな〜?』
「おっと、」
得意の機動力で突っ込んできた空閑の一太刀を受け止める。相手が弧月だったら間違いなく名前のスコーピオンが折れていたところだ。
「ふむ、固いな」
茶野目掛けて突っ込んだ空閑は、手前にいた名前の防御が強いことがわかり一度身を引く。
「ああ、だめだよ空閑くん。離れないで」
しかし名前たちは空閑との距離を離さない。スコーピオンを引っ込め両防御をする名前が盾となり、後ろから茶野と藤沢が弾を飛ばす。
『空閑隊員、鏡宮隊員の捨て身の防御により攻撃が届かない!』
『ゼロ距離防御だね……。茶野くんたちの手元がブレたら名前さんに当たるね、これ』
『その茶野隊員と藤沢隊員も空閑隊員たちとの距離を一定に保っています!』
『あ……そういうことか!』
『三雲隊員が何か閃いたようですが……』
『あ、はい。おそらくですが茶野隊が捨て身で空閑に張り付いているのは千佳封じです』
『ああ、なるほどね〜。雨取ちゃんのあの爆撃だと空閑くんも巻き添えを食らっちゃうってことか』
「千佳すまん。振り切れそうにない」
「ううん。大丈夫」
「間宮隊の方いけるか?」
「それが……」
『空閑隊員と茶野隊が攻防を繰り広げている間にも茶野隊の背後に間宮隊が忍び寄る! 茶野隊挟み撃ちだ! これはピンチか!?』
『う〜ん、大丈夫だと思うよ』
緊迫感のない声でそう分析した佐鳥はニヤリと笑みを浮かべる。
「藤沢くん! 5時の方角から2人来てる!」
「あっ……! 了解です迎え撃ちます!」
藤沢はくるりと方向転換し、レーダーを確認する。確かに5時の方角に2つの反応がある。おそらく、目の前の建物の影だ。もうすぐそこまで迫っていたとは気がつかなかった。名前のサイドエフェクトがなかったら攻撃されていただろう。
屋根に登って上から撃つのが一番確実だが、それだと雨取の恰好の的だ。大回りになるが建物の周りをぐるりと回るしかないか。追尾弾嵐に気をつけなければならないがぐずぐずしている暇はない。
藤沢はあえて間宮隊の真正面に回った。
「あっ……!」
空閑を相手していると思いこんでいた間宮隊は不意をつかれる。反応が遅れ、腕を負傷していた隊員が落ちる。
「ほっ、よっと」
埒が明かないと判断した空閑はひょいひょいと後退を始める。
まずい。
すぐに名前は空閑の考えを察知した。
間宮隊と藤沢から距離を離すことで雨取が撃ちやすくなる。
おそらく今茶野隊が取るべき正しい判断は、藤沢に危険を知らせて合流させつつ空閑を追うこと。それでも藤沢が合流に間に合うか微妙なところだが、チームとしての勝利を考えたらこれが正しい選択のはずだ。
それでも、名前にはその決断ができなかった。
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