That’s all lives we have.




周りの反応は名前の予想を超えたものだった。

茶野たちと挨拶をした翌日、名前が茶野隊に入隊したという話はすでに知人友人の耳に入っていた。

まずは加古さん。
「名前ちゃんも薄情ね。他の隊に入るくらいならうちに入ってくれればよかったのに」
「加古さん……! せっかく誘っていただいていたのにこんな形で期待を裏切ることになってしまい申し訳ないです……」
「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。断られるとわかってて誘ってたから」
「ええ!?」
「うふふ」
加古さんはにこにこと人当たりのいい笑みを浮かべる。まあ"鏡宮"だしそんなことだろうとは思っていたけど。
「これから忙しくなるだろうけど頑張ってね。名前ちゃんの試合を解説する日が来ると思うと今から楽しみだわ」
「ありがとうございます! 恥ずかしくないような試合になるように全力を尽くします!」

ひえー加古さん今日も美人だあ〜。
加古さんと別れたあと私はホクホクと余韻に浸る。戦う美女って最高だよね。なんてニヤニヤしていたら、名前〜、とどこからかやる気のない声が私を呼び止めた。お次は太刀川隊か。
面倒くさいけど一応歳上だし無視はできない。

「こんちはーっす」
「なんですか太刀川さん……と出水くん」
「なんですかじゃねーよ。お前茶野隊に入ったんだって?」
「ええまあ」
「おいおい淡白だなあ。さっきの元気はどこいったよ」
「見てたの!?」
「名前さん、加古さんと話してる時いつもと違いすぎてめっちゃ面白いっす」
ニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべる碌でもない男2人をまとめて殴る。

「なんで俺に相談してくれなかったんだよー」
「逆に相談されると思ってたんですか」
トリオン体のため名前のグーパンチを無かったことにした太刀川がしつこく問いつめる。名前は嫌そうな顔を隠しもしない。意外と気遣い屋で遠慮しがちな名前がこうやって素を出してくれることに太刀川は満足しているのだ。名前のむくれっ面をにまにまと眺める隊長は置いておいて出水は半歩前に出る。

「名前さんなんでまた急に隊に入ろうと思ったんすか?」
「お前例のあれ大丈夫なの? ほとんど年下だぞ」
「あー……うん」
名前は2人から視線を外して曖昧に返事をする。大丈夫か、なんてわからない。話を引き受けたときはやる気に満ちていたけど、日に日に自信がなくなってくる。
目の前の出水をじっと見つめる。彼は17歳。私より腕はたつけどまだまだ幼い。若いうちの1年というのは人生においても大きな意味を持つ。その1、2年の差で大きく変わってくるのだ。
「なんすか……」
真正面からじっと無遠慮なほど見つめられている出水はさすがに居心地が悪いのかほんのり頬を染めて引きつった笑みを見せる。
名前はクッと歯を食いしばった。

こんなかわいい子に刃を突き立てるなんて無理でしょ!

ぐっと何かを堪えるような名前の表情を見て出水は察する。今絶対に不名誉な扱いを受けている。これでもA級1位なのだが名前にとっては階級なんて関係ないのだろう。
「くっそ〜……名前さんがどういうつもりで茶野隊に入ったのかはわかんねぇけどとにかく茶野隊には頑張ってほしい! いろんな意味で!」
「ま、頑張れよ出水」
「うわ〜ウザっ」
名前の事情を何となく知っている2人は名前が今考えていることにも薄々勘付いているようだった。頭を抱える出水には悪いが名前は出水を庇護の対象としてしか見ていない。いや、そうとしか見れないのだ。


文句をたれる太刀川たちと別れた名前は茶野隊の作戦室へと足を運ぶ。
太刀川はいつもどおりやる気のなさそうな目をしてたな、なんてどうでもいいことを考えながら歩いていると、前から歩いてきた人物のシルエットを見て一瞬足が止まりそうになった。
本部は外から見ると大きいが、隊員が出歩くのはせいぜい作戦室や対戦室のあたりのみ。こう幾人にも遭遇してしまうのは致し方ないのかもしれない。

「お疲れ様です、ミャンヌ」
「お疲れ様、王子くん」
昨日橘高と話したばかりでもう遭遇するかあ、と名前は頭を抱えたい気持ちになる。彼は相変わらず食えない笑み、もとい爽やかな笑みを浮かべている。通称、王子様スマイル。

その笑顔の裏で名前の茶野隊入りのことを考えているのは目に見えてわかる。絶対に聞かれることだから先に話題に出してしまおうと名前は口を開いた。
「もう聞いたかな、茶野隊のこと」
そう言うと王子は小首を傾げて、ふふ、と優雅に目を細める。
「もちろん聞きましたよ。隊入りおめでとうございます」
「あ……うん。ありがとう」
思っていたよりも穏やかな態度に名前は面食らった。真意がわからない笑みを浮かべることが多い王子だが、感情的になることだってある。その変化は同年代の男の子と比べれば僅かなものだが、そこにはちゃんと彼の心がある。しかし今王子の顔に浮かぶ笑顔からはその真意が読み取れない。本当に喜んでいるのか、暗い感情を隠しているのか。

王子隊とはよく防衛任務で行動を共にしていた。元々シフトの周期が同じだったことから、ソロである名前も一緒に行動させたらいいじゃないかと誰かが言い出して最近ではほとんど一緒だったのだ。要するに名前がひとりで1隊分の活躍をするには力不足であり管理も面倒だが、そのサイドエフェクトを使わないのは勿体無いのでどこかの隊と一括にしてしまおう、というできる限り面倒を省きたいお上の作戦である。
あわよくば王子隊に入ってくれと思っていたのかもしれないが、現在こういう形で名前は隊入りを果たしたのだからお上は満足しているだろう。

そんな偉い人の事情を知ってか知らずか、行動をともにするようになってから王子からは何度か勧誘されている。

そんな彼の勧誘をのらりくらりと躱してきた手前、名前が複雑な顔をするのも無理はない。ばつが悪そうに王子から視線を逸らす名前を安心させるように、王子がそっと頬を撫でる。彼が触れてくるのは珍しい。思わず彼の顔を見ると、先程と変わらない穏やかな笑顔がそこにあった。今ならその笑顔の意味が、触れている部分から伝わってくるようにわかる。
「そんな顔をさせたかったわけじゃないんです。ぼくはミャンヌが一歩踏み出したことが純粋に嬉しいんだ。ぼくは何もできなかったから……。早く上まで上がってきてください」

ひえ……王子様スマイルが様になっとる……。
名に恥じぬ振る舞い、素晴らしい。

名前は照れを隠すように心の中で王子を茶化して褒め称える。
「うん。ありがとう」
それでもちゃんと名前の口からはお礼の言葉が出てきた。余計なことは言わない。ただ王子への感謝の気持ちを込めて。

「ところでこの手は何かな」

しかしさすがにスルーはできない。ナチュラルに頬に手を添えられて黙っているなんて名前には無理だ。そろそろ赤い顔を隠しきれない。いやもう彼にはバレているだろう。
「酷いなミャンヌ。そんな邪険に扱うなんて。元チームメイトのぼくと君の仲なのに」
「いや私王子隊に入った覚えないんだけど」
王子の手が頬から離れ、ニコリと微笑まれる。冗談までスマートだなんて、どこまでも食えない男である。


王子と別れ再び茶野隊へと向かっていた名前はまた呼び止められた。しかし今度は勢い良く振り返ってしまうほど大好きな声だ。
「あ……名前さん……! お疲れ様です!」
「ユカリちゃん! お疲れ様!」
帯島ユカリ。弓場隊の良心。

「鏡宮ァ!」
うげえ。やっぱりセットかあ。
そしてこっちはこっそり逃げて姿を晦ましたくなる声。
「おつかれ〜弓場……」
ひょいと片手を上げ控えめに挨拶をすると、弓場の威圧感しかない視線が上から注がれる。
眼力だけで近界民を蹴散らせそうだ。
同級生でも恐ろしく思う眼力がゆっくりと帯島に移る。帯島はごくりとツバを飲み込み、名前に向き直った。眼力だけで意思疎通する弓場隊こわい。帯島は名前の目を見て、すぅと息を吸い込む。

「自分、名前さんが茶野隊に入ったって聞いて嬉しく思いました! 尊敬する名前さんとランク戦で戦える日を楽しみにしています!」

確実にここら一帯の廊下に響き渡っているであろう声量だ。ほら、騒ぎを聞きつけたギャラリーがなんだなんだと集まり始めた。
「うんうん。私はあんまりユカリちゃんとは戦いたくないけど……そう言ってくれるのは嬉しいよ」
帯島の頭をぽんぽんと撫でる。嬉しそうにはにかんで、ッス!と元気良く答えてくれた帯島にニコリと微笑む。
そして、帯島に圧をかけこの状況を作り出した原因である弓場にゆっくりと視線を移す。彼は帯島の気合いに非常に満足そうに頷いている。いやあなた、これおうちだったら完全に近所迷惑で訴えられてますよ。

「弓場、ユカリちゃんを可愛がるのはいいけどこんな廊下で大声出させるのはやめてよ。私も恥ずかしい」
「なんだと鏡宮ァ。おめェーやる気あんのかァ。覚悟を持って茶野隊を引き受けたんじゃねェのかオラァ」
「ぐぅ……」
ごもっともすぎて喉から変な音が出た。弓場の言っていることは正論だ。隊に入ったからにはランク戦に出なきゃいけない。そうしたらこんな可愛い後輩ちゃんとも戦わないといけないわけで。
「それでも、こんな人目につくところで大声出さなくてもいいでしょ。それとこれとは別!」
名前と弓場の間で居心地悪そうに口を引き結んでいる帯島が目に入り、名前はふうと肩の力を抜いた。言い合っていたって仕方ない。弓場はこういう人なのだ。あーほんと苦手だあ。
「ごめんね〜ユカリちゃん。ランク戦で当たったらよろしくね」
「ッス!」
「……ここまで来られたらなァ」
「もう! 一言余計!」
水と油の関係とはまさに名前と弓場のことを指すのだろう。弓場が名前のことをどう思っているのかはわからないが、名前は弓場に対して苦手意識を持っている。言い方がキツイし恐い。
それに、思っていることを遠慮なくぶちまける。名前の痛いところを突くどころか殴ってくる。オブラートに包むって言葉を知らないんだ、あいつは。結局彼の強すぎる部分に勝手に劣等感を抱いているだけなのかもしれない。





[list]

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -