Orleans Maiden





試合は終わってみればあっという間だった。


茶野隊は負けた。
しかし名前は満足していた。
茶野隊のメンバーとしてはもちろん次に向けて反省会といったところだが、個人的な観点でいえば及第点には達しているのではないだろうか。

名前は試合当日であった昨日、朝起きた時から何でもできそうな気がしていた。その謎の自信は名前の行動を大胆に、そしてより活発にさせた。
年下である王子に刃を向けたのだ。
王子を斬ることに躊躇いがなかったわけではない。ただ、試合前日の三輪との会話を思い出すと、不思議と恐怖心がなくなった。三輪を守れるくらい強くなるという思いが、名前を開花させた。




「名前ちゃん、これもあげる」
「わあ! ありがとうございます!」
「犬だな」
加古に差し出されたプリンに目を輝かせる名前は、両手にチョコレートとクッキーの袋を持ったままぺろりと舌なめずりをする。チョコレートは加古から、クッキーは先程名前を犬と表した二宮からのものだ。廊下で偶然出会った加古と流れるようにラウンジへ行き、加古が持っていたチョコレートを一緒に食べながら談笑していた。そこへ二宮が通ったので挨拶をしたら、手に持っていたクッキー渡してくれた。なぜ持っていたのかは謎である。
そして今、加古がプリンを持ってきてくれた。
チョコレートにクッキーにプリン。3時のおやつには少々食べすぎな量だ。ちなみに名前は今もちろん生身である。トリオン体のままこの量の糖分を摂ってしまったら……。考えるだけでも恐ろしい。
そうして思う存分甘味を堪能するために生身となった名前はひとまずチョコレートとクッキーを机に置き、プリンを前に手を合わせた。

「いただきます!」

目をキラキラと目を輝かせた名前はパクリとプリンを一口頬張る。口の中にカラメルがとろけて広がっていき、思わず頬に手を当ててにんまりと笑みが溢れた。
「かわいいわねー名前ちゃん。どんどん餌付けしたくなるわ」
「やめておけ。人間でなくなるぞ」
二宮は名前を何だと思っているのか。あ、犬か。

加古と二宮に見守られながら噛みしめるようにプリンを食べていた名前は、ニコニコする加古を見て同じようにニコニコしていたかと思うと、ふと手を止めある一点を見つめる。
どうしたのかと加古が振り返ると、人が行き交うラウンジの中、真っ直ぐこちらを見ながら歩み寄ってくる人物がいた。

「あら」

加古は思わずそうつぶやき、その人物と名前を交互に見やった。


「三輪くん!」

満面の笑みで三輪に手を振る名前。三輪は一瞬ピクリと歩みを止めかけたが、次の瞬間には何事もなかったかのように再び歩き出しながらペコリと頭を下げた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま!」
隠す気もないほど嬉しそうな名前と、不自然なほど名前を見ようとしない三輪。
加古の眼光がキラリと鋭く光る。

「名前ちゃん、三輪くんになにか言われたのかしら」
三輪が二宮と話しているすきにこっそりと名前に耳打ちすると、名前は目を丸くさせてあっさりと頷く。

「すごい! なんでわかったんですか! 実は一昨日三輪くんと話す機会があって、私ずっと嫌われてると思ってたんですけど実はそうじゃないってことがわかって。今すっごく嬉しいんです! まだまだ頑張らないといけないことだらけなんですけど、すっごくやる気に溢れてます」

えへへと心底嬉しそうに笑う名前に加古の心臓がきゅんと音を立てる。

「よかったわね、二人とも」

加古はぎゅうっと名前を抱きしめながら、二宮の隣に立っている三輪を見上げてニヤニヤと笑みをこぼす。
それを横目に見ていた三輪は顔をしかめぐっと喉を詰まらせる。しかし加古に強く言い返すことはできず、そのまま視線を反らし押し黙った。


「秀次、このあとの予定は」
「特には」
「ならこいつの相手をしてやれ。昨日の腑抜けた試合で満足してるようじゃ先が思いやられる」

二宮の言葉にギクリとしたのは名前だけではなかった。三輪も顔を硬直させて二宮を凝視する。

確かに少々浮かれすぎていたかもしれないと、名前は再び食べ始めていたプリンを机の上に置く。二宮の言うとおりようやくゴールが見えてきたってだけで、目指すところはまだまだ上だ。今日くらいいいかという油断を二宮が許すはずもない。

また三輪に情けない姿を見せてしまったが、彼はこんな私の相手をしてくれるのだろうか。二宮に注意されたということと自分の甘さにしょんぼりと肩を落としながら三輪を見上げる。

「三輪くん……」
「っ……」
「うふふ」

名前と目があった三輪は顔を赤くして言葉を詰まらせた。
三輪の心中を察した加古は抑える気もなく笑みを溢し、この状況を作り出した二宮は一切表情を変えず足を組み直す。長年の勘違いが染みついているのか名前は三輪を不快にさせたのかとみるみる眉が下がっていく。

「……行きますよ」

パッと顔を反らした三輪は名前にそう吐き捨ててスタスタとラウンジの出口へ向かって歩き出した。
「へ、あ、待って! まだプリンが! しかも今換装してない!」
名前は3分の1ほど残っているプリンをかきこみ、しっかりと手を合わせてご馳走様でしたと加古と二宮に頭を下げる。

「早く行け」
「そんな邪険にしなくてもー……。あ、クッキーありがとうございます!」

名前を追い払うような二宮の言い草に少しだけショックを受けたが、三輪が待っているため慌ただしく立ち上がる。
「名前ちゃん」
早く行かなければまた三輪を怒らせてしまうかもしれないと机の上に置いていたチョコレートとクッキーを手に取った時、加古が名前の名を呼んだ。

「三輪くんのこと、よろしくね」

にこりと微笑んだ加古が名前を見つめる。
むしろこれから自分がお世話になる方なのだけれどと思いながらも、昔から三輪を知っている加古によろしくと言ってもらえたことが少しだけ嬉しい。


「はい。三輪くんは私が守るって言えるくらい、強くなります」


名前は、胸に抱く決意を表明する。もうあとには引けなくするために。
名前の宣言を聞いた加古は意外だと言わんばかりに少し目を見開く。まさか名前も三輪のことが……と思ったのも束の間、名前の口が再び開く。

「もちろん、茶野くんたちも、その他の子たちも、みんなも守れるくらい!」

鼻息荒く意気込む彼女の姿を見て、加古は肩の力が抜けた。そんなことだろうとは思ったが、ここまでくると三輪が不憫に思えてくる。

「欲張りはだめよ」
「えへへ、できるところからですね」

かわいい弟弟子のための言葉も、必死に駆け上がっている最中の名前には届かないかもしれない。それでも、二人が幸せになってほしいと願うのは大きなお世話だろうか。
三輪の元に名前が駆け寄る。肩を並べて歩く二人の後ろ姿が微笑ましく、加古は自然と笑みをこぼした。



「ねえ三輪くん、怒ってる?」
「怒ってません」
そう言う割にこちらを見ようともしない三輪は名前の半歩前をスタスタと歩く。声もなんだか刺々しい気がして、名前は余計に焦った。
三輪はなかなか扱いが難しい。
「でもなんやかんやランク戦に付き合ってくれるよね。二宮さんってやっぱり三輪くんからしても怖いんだ……」
「はあ?」
突然二宮が出てきたので思わず声を上げようやく隣に並んだ名前を見る。
「二宮さんの命令ってやっぱり断れないんだなあと思って。あ、怖いとか言ってたこと二宮さんに言わないでね!」
大真面目な顔をして見当違いなことを述べる名前を見て三輪は頭を抱えそうになった。三輪がランク戦の相手をしているのは二宮の命令だからだと、未だにそう思っていることに腹立たしさすら感じる。

しかしそれは自分の態度が招いた結果でもあるわけで、名前を責めることはできない。


「俺がやりたいからやってるんですよ」


今はまだこれで精一杯だ。
やっぱり三輪くんは優しいねと屈託のない笑顔を見せる名前の頬を赤く染めるのはまだ当分先のようだと、三輪は長い道のりを思ってため息を吐いた。

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