Orleans Maiden




ふとした時に王子と名前との試合のことを思い返し、フツフツと不快感が沸き起こる。ここ数日ずっとそんな調子で、北添や仁礼にまで指摘されるものだから余計にイライラが募っていく。何に対して不快感を抱いているのか不明確なのが余計に影浦をもどかしくさせていた。

いつものように空閑とやり合っていても、終わればまた思い出してしまい全く気分が晴れない。感が鋭い空閑に不思議がられるも、自分でも原因がわからないのだからどうしようもない。適当に切り上げてふと思ったのは、あの試合から名前の姿を一度も見ていないということだった。



「ヒカリちゃん、これも捨てて大丈夫なやつ?」
「おう」
ムシャクシャしたまま自分の作戦室の扉を開けた影浦は、聞こえるはずのない声にハッと顔を上げた。
ここ最近の不調の原因とも言えるヤツが、ずっと姿を見ないと思っていたヤツが、当然のようにそこにいた。しかもなぜかゴロリと寝転がっている仁礼の周りのゴミをせっせと拾い集めている。

「何してんだ」

名前に会ったらあの試合のことを聞こうと思っていたのに、この状況を前にそう言わざるを得なかった。元よりあの試合の何を聞くかすら自分でもわかっていなかったためそれはそれでいいのだが。

影浦の声に反応し、ちょうどゴミを拾おうとしていた名前がパッと顔を上げる。

「あ、影浦くん! お邪魔してます」
「おーう」
掴みかけたゴミを拾ってゴミ袋に入れながら名前がにこりと笑顔を見せる。同時にいつものふわふわした感覚が身体に刺さり、仁礼の適当な返事も相まって思わず眉をしかめた。
「なんで他人の作戦室掃除してんだよ。ヒカリもその隣で何どうどうと寝てんだ?」
「いや私が気になるから勝手に掃除してるだけだよ!? ヒカリちゃんにもちゃんと許可取りました!」
「そゆこと〜」
いや許可とかの話じゃねぇんだよ。
好んで他人の部屋を掃除するのも年上に掃除させて堂々と寛いでいるのもおかしいと思うもののこの二人にそれを説明するのもバカらしい。好きにさせておこうとそれ以上は何も言わず、影浦は大きな舌打ちをしてどかりとソファに座る。


名前はいつも影浦を見つけるとパッと笑顔を見せてふわふわした感情を放つ。たまにわざと愛情表現をしてくる時の感情は、包み込むような温かさを持ちつつもドンと重量がある。名前から放たれるそれらの感覚は、受けるたびにむず痒く落ち着かなくなり苦手だ。だが決して不快なわけではなく、むしろそれらの感覚が刺さらないと不安を覚える始末。
そんなむず痒い感情を悟られないようにマスクで顔を隠すのだが、名前はその度にごめんごめんと謝りながら少しだけ眉を下げるのだ。そして刺さる感覚が弱々しくなり、その度に胸が痛くなる。


もう何回繰り返したかわからないこのやり取りが懐かしくもある。


名前はあの試合で王子とやり合った。
思えばここ最近の不快感は、彼女が王子に刃を向けた時から始まっていた気がする。あの試合を思い返すのも、決まって最後に3人が残ったあの場面からだ。
自分とは戦えなかったくせにと、行き場のない感情が不快感を募らせる。やはり名前のせいだったのかとイライラの矛先を彼女に向けたくなる。ただの八つ当たりでしかないのに。


思わずまた舌打ちをしたその時、ふとコタツ部屋の方から聞こえてくる仁礼たちの声が耳に入った。

「あの試合の後からずっとああなんだよ。なあ名前さん、どうにかしてよ」
「うーん……どうにかしてあげたいけど自信ないなあ。私たぶんウザがられてるし余計にイライラを増長させちゃいそう」
「ええー! 絶対そんなことないっすよ! むしろ名前さん以上の適任はいないくらいっす!」
「何を根拠に……」

影浦は己の額に青筋が入るのを感じた。
好き勝手言わせておくのは腹が立つ。モヤモヤしたまま大人しくしていられる性分でもない。
影浦はソファに沈めていた身体をガバリと起こす。
「おい名前! ツラ貸せや」
「ひぃぃ! カツアゲ!?」
今お金持ってないよ、とほざく名前の腕を掴む。いってらと間延びした仁礼の声を背に作戦室を出た。


「どうしたの? どこ向かってる?」
素直に引き摺られる名前から感じるのは、声音も肌に突き刺さる感情も影浦を心配しているものだ。突然引っ張り出されたら普通は自分の心配をするはずだが、やはりと言うべきか、どうやら名前は普通ではないらしい。
どこまでもバカでお人好しな名前を振り返る。

「この前の続きだ」

ぽかんと口を開けた名前の間抜け面に、影浦は自然と口角が上がっていた。名前の顔は次第に焦燥感が漂う。
「え、ランク戦ってこと? 今から? ちょっと待って、心の準備が」
今の言葉で通じたのだろう。ようやく焦り出した名前の手をぐんぐんと引っ張る。
「準備なんていらねぇよ。それはこの前やっただろ」
無遠慮に他人の身体をベタベタと触りやがった時のことを思い出す。
焦りつつも素直についてくるのだからやはり名前はバカだ。断るという言葉を知らないのだろうか。ぐう、と押し黙った名前はきっと青ざめながらも仕方がないと腹を括っているのだろうことは、後ろを振り向かなくてもわかった。



「10本勝負だ」
「わかった」
真剣な面持ちで頷いた名前を見届けブースに入る。


転送され、向かい合う。
距離を置いて対峙する名前の顔も、構えも、突き刺さる感情も、前回とは違うことがすぐにわかった。すっと細められた目が影浦をとらえる。

名前がスコーピオンを構えて地を蹴った。影浦も名前に向かってマンティスを放つ。名前はわかっていたと言わんばかりにグラスホッパーでマンティスを避けつつ、一気に間合いを詰めた。
「前とは違うよ」
「はっ、言ってろ」

これでいい。
これがいい。
鏡宮名前と、こうしてやりあいたかった。



10本勝負はあっという間に終わった。
影浦の勝利で幕を閉じたその戦いに、無意識に影浦の口角が上がる。
「うわーん! 勝てると思ったのに!」
「腕落ちてんじゃねーの?」
「もしそうだったら茶野くんたちに合わせる顔がない!」
勝てたのはもちろん嬉しいが、それだけではない。ここ数日ずっと燻っていた気分が、台風の後の空のように晴れてスッキリとしている。
名前と本気で戦っている時の爽快感や高揚感が胸を満たして、身体が熱くなる。

ふと受信した感情とそれに合わせて感じた視線に顔を向けると、じっとこちらを見る名前と視線がぶつかる。何だか嫌な予感がした直後、名前は曇り一つない満面の笑みを浮かべる。
「影浦くんの笑顔をこうして正面から見るの初めてかも」
その笑顔と偽りのない感情に、いつものムズムズと痒くなる感覚が身体を襲う。


今ではわかる。
名前にこういった感情を向けられるのは安心するし嬉しい。一度素直に認めてしまえば簡単だ。
こいつの感情なら、どんなに刺さったって嫌じゃない。


もう影浦はマスクを上げて顔を隠すことはしなかった。
しかし自分の感情は受け入れたものの、やはりまだ名前の感情を真正面から受け止めることはできない。顔が熱いのを自覚しつつ名前から視線を反らし、乱暴に彼女の髪をぐしゃりとかき混ぜた。

「わー何するの!?」

慌てる名前に見られないように顔をそらす。

その口元が耐えきれずニヤついていることを名前が知るのは、まだ先の話。




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