A life only of the once.




わざと人を迷い込ませようとしているとしか思えない無機質な廊下を重い足取りで歩く。
右に曲がって左に曲がって、次の角をまた右だったかな。
滅多に行かないその部屋に向かって朧気な記憶を辿る。

「あーあった」
ひとりでに出たその声は誰に聞かれるでもなく目の前の扉に吸い込まれる。

私なんかやらかしたかなあ。もしかして個人ランク戦に出てなさすぎて怠慢だと思われてるのか。その代わり防衛任務は誰よりも積極的に出てるんだけどやっぱだめなのかな……。

ドアノブに手をかけたまま何度目かの逡巡を繰り返す。
こうしていても埒が明かない。答えを知りたきゃこの扉を開けるしかないのだ。
ふうと一つ呼吸をして扉を3回ノックする。

「失礼しまーす」

中で待ち構えているであろう根付に向かって、名前はいつもの1.5倍声を張り上げた。




*




「えーっとそういうわけで私、茶野隊に入ることになりました」
「……どういうこと?」
眉間にシワを寄せても美しい顔を保ったままの橘高に、頭をぽりぽりと掻きながらてへっと笑う。どういうことか私の方が聞きたい。
根付から話を聞いた翌日、個人で出る最後の防衛任務後に橋高を呼び出し、事情を説明したのだがどうも色々と説明を端折り過ぎたらしい。
「知る人ぞ知るって感じだけど茶野隊って第二の嵐山隊っていう噂あるでしょ?」
「うん。広報部隊っていう意味でね」
「そう。それでさ、今って近界遠征報道でメディアが結構注目してるじゃん? たぶん根付さんそれに便乗しようとしてるんだよね。茶野隊を強くして外に出しても恥ずかしくないようにしてくれってことで私が選ばれたってわけ」
「確かにそれ自体は根付さんが考えそうなことよね。でも名前、そんなにほいほい引き受けちゃって良かったの? 今までずっとどの隊にも所属せずにやってきたのに」
「うーん……隊にも所属せず個人ランク戦とかにも出ずにフラフラしてたからこそ一番都合が良かったんだと思う。だとしても私に声がかかったってことが何かのチャンスなのかなって思って。私もこの前のアフトクラトルとの戦いで思うところがなかったわけじゃないし」
「名前……」
「だからね、私ちゃんと茶野くんたちを育てるよ! 王子隊には悪いけど……」
勝手でごめんと謝ると、橘高はにこりと優しく目を細める。橋高は絶対に背中を押してくれるとわかっていたけれど、実際にこの女神のような笑顔を見ると、自分の選択は間違っていないのだと安心できる。自分でも気づかないうちに不安があったのか、彼女の笑みを見て無駄な力が抜ける。

「ううん。それは名前が決めることだから。それにうちの隊もちょっと勧誘がしつこかったかなって思ってたから。主にあの子がだけど……」
橘高が指す人物を思い浮かべてあははと苦笑を漏らすしかない。
「やっぱり絶対なんか言われるよね〜。あの王子様に……」
彼の食えない笑みを思い出して、名前は大きなため息をついた。


橘高と別れ、名前はその足で茶野隊の作戦室へ向かう。茶野隊の話は風の噂程度になんとなく聞いていた。第二の広報部隊として編成されたとかなんとか……。
一応私もB級なのでB級の部隊はすべて把握している。しかしその知り合いの多くはA級や中位、上位の者たちで、新入隊員の詳細までは知らない。昨日は根付から話を聞いてそのまま書類の準備や提出などをしていたので彼らの記録を見る時間がなかった。ランク的にはB級下位だがその実力がどれほどのものなのかはまだわからない。本人たちのことも遠目から見る程度だったのでどんな人たちなのか全く不明である。

名前の足取りはまたもや重い。最近こんなことばかりだ。と言っても昨日と今日の話だけど。

正直すでに出来上がっている輪の中に入ることほど気を遣うものはない。特に茶野たちは16歳と17歳の高校生集団。19歳の歳上が乱入してウザがっていないだろうか。茶野隊は今回の話に手放しで喜んでくれたと聞いているが、それは根付さんの鼻が魔女みたいで怖くてそんな態度を取っただけなのではと疑っている。

そして一番の問題は私に指導が務まるのかどうか。
その日のうちに引き受けてしまったが、新人部隊に入れられたということはつまり東さん的役割を担っているということではないだろうか。それってよく考えなくても、隊に所属したこともないような人間に務まる仕事だとは思えない。

やっちゃったかなあ……。

これからの日々を思って頭を抱えている間にも茶野隊の部屋が見えてきた。
もし無視でもされたらショックで床に附したまま立ち上がれない。

根付の元へ向かった時よりも緊張した面持ちで名前は扉をノックする。

そして、恐る恐る扉を開けた。


「「はじめまして!」」

「は、はじめまして……」

ひょっこりと顔を覗かせた瞬間に浴びせられた元気な挨拶。名前は目を丸くして呆気にとられながらも挨拶を返し、とりあえずそっと扉を閉める。

「鏡宮さんこちらへどうぞ!」
「お茶をご用意しますね」
「あ、はい」
なんて気の抜けた声だ。
勢いにのまれて促されたままソファに座る。十倉がお茶を用意し、茶野と藤沢も落ち着きなくお茶菓子などを出している。名前はその様子を拍子抜けしたような顔で眺める。


どういうこっちゃやねん。


隠岐に聞かれたらまず間違いなく、ちゃうちゃうと訂正を入れられそうな関西弁のツッコミを心の中で入れる。

とりあえず茶野たちをローテーブルを挟んで向かい側のソファに座らせ、お茶を淹れ終わった十倉もその隣に座らせた。ソファに3人が並んで座ると少し狭そうに見える。
こうしてまじまじと顔を見てみると、なるほどみんなかわいらしくて整った顔をしていると納得する。

「えーっと、はじめまして。鏡宮名前です」
まあいろいろと言う前にまずは挨拶だ。ぺこりと頭を下げると、茶野たちも名前よりも深く頭を下げて各々名前を名乗り上げる。名前の心配とは裏腹に非常に礼儀正しく、できた子たちだ。
それがわかると、ほっと肩の力が抜ける。

「こちらこそよろしくね。実はさ、煙たがられたらどうしようかなーとか思ってたんだけど、3人の様子を見てたら全くそんなことないってわかって安心したよ」
ははと気の抜けた笑いを見せると茶野たちは顔の前で手を振り滅相もないとこれまた大層な反応を見せる。
心配は杞憂に終わったが、また別の問題が浮上したな。
名前は緊張しきってガチガチの3人を前に、眉尻を下げる。
「でもね、そんなに畏まられるとすっっごいやり辛い。歳上だからってそんな畏まらなくてもいいのに」
できる限りの優しい笑顔を浮かべると茶野たちは3人揃って顔を見合わせた。しかしそれも一瞬のことで、意を決したように茶野が名前に向き直る。

「だって、あの鏡宮さんですよ!?」
「あの?」
「はい。なんだって全てが謎に包まれた万能手の鏡宮さんですから」
「謎に包まれたって何?」
「オペレーターを必要とせず一人で近界民を倒していくその姿から付けられた二つ名は戦うオペレーター!」
「なんだそれ」
「アフトクラトル戦では一人でラービット3体を連続切りしたと聞きました」
「ちょっと待て待て。確かに3体やっつけたけど周りの援護もあったし連続切りではない」
「あと、入隊当初からずっとソロでやってきて、ソロランク戦にもほとんど出ていないのに完璧万能手までもうすぐそこですよね」
「まあそれは防衛任務を結構入れてもらってるからね。ソロではあるけど最近は王子隊と一緒に防衛任務につくことが多かったし、実質ソロではないかも」
戦うオペレーターとか誰が考えたんだ。そんな風に呼ばれているなんて全く知らなかった。話が盛られに盛られて独り歩きをしている。噂って結構本人の耳には入りづらいんだな。茶野隊のことを考えてもそういうものなんだって感じる。噂って怖い。
名前は見知らぬところで菌の増殖のように話が広がっていく恐怖に身を震わせる。

「なんでそんなことになってるんだろう」
名前が顔を引きつらせて独りごちると、3人は各々逡巡するように唸る。そして、考えがまとまったのか十倉が遠慮がちに口を開く。
「ランク戦で姿をお見かけすることがないので戦う姿をあまり知られていない上に、実力があってあの加古隊にも勧誘されていたのにどこの隊にも所属していないってことで、存在自体が都市伝説化しているんだと思います」
十倉の説明に、茶野と藤沢は納得したように何度も首を縦に振る。

納得はできないが状況はわかった。とにかく畏怖の感情を捨ててほしいと思ったが、こればかりは、はいわかりましたとすんなり解決しないことは十分承知だ。

「よし、私たちはまずお互いを知ることから始めよう!」

新しい対人関係を築く上で決して欠かすことのできない行程なのだから当然と言えば当然なのだが、何せ私たちには時間がない。B級ランク戦開始まで今日を入れてあと4日。それまでの間に連携を行えるようになるだろうか。

やることは山積みだと、目の前に並ぶ澄んだ瞳を眺めながら名前は自信なさげに笑った。





[list]

×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -