Orleans Maiden




あの王子隊と影浦隊との試合が終わり、丸2日が経った。
名前はあれから、王子とは一度も顔を合わせていない。
というか顔を合わせないようにブースには行っていないし廊下を歩く時も鉢合わせないように慎重に歩いている。今ほど気配感知のサイドエフェクトに感謝したことはない。

試合前の茶野たちとの会話、そして試合中の意味深な言葉たち。よもや本当に王子隊編入の手続きを進めているのではないか、今にも通達が届くのではないかとビクビクしているのだが、そんな噂は1ミリも聞かない。

気にし過ぎかと思い直すもそれはそれでモヤモヤとする自分がいる。一体何が引っかかっているのかについては深く考えないようにしているし、そもそもなぜ自分は王子を避けているのかに思い当たったら終わりだと思っているので、その部分には大きな南京錠をかけて絶対に触れないようにしている。

これだけ何もないのだから王子の方も特に意味はなかったのだろう。試合中のセリフもいつもの私に対する態度もきっとすべて彼なりの冗談だ。全く名は体を表すとはよく言ったものだ。王子という名前なだけあって女の子を振り回すのが上手いぜ。

一人気を紛らわすように、やれやれと誰も見ていない作戦室で肩をすぼませたと同時に、失礼しますという声とともに作戦室の扉が開いた。


「っ!?」
全く油断していた名前は声にならない声を上げて扉を凝視する。もちろん相手の姿が見える前にすかさず肩をすほませたポーズから不自然なほど背筋よくソファに座り直している。

「ミャンヌ、遅くなってごめん」

我が物顔で部屋に入ってきたその男は綺麗な笑みを浮かべながら名前に近づいてくる。

遅くなってごめんという言葉に疑問を覚えるものの、頭の片隅では、もっと早くに来てくれてもよかったのに、なんて言葉を返している。
それでも名前が王子の登場について驚いていないわけではなく、大きな目を丸くさせて彼が歩み寄ってくるのをじっと見ていた。

そして、ソファに座る名前の目の前まで来た時、王子は名前を見つめながら目を細めた。
ごくりとツバを飲み込もうとしたが、口がカラカラに乾いていて喉を潤すことができない。王子がどんな態度で接してくるかによって名前も合わせようと思っていた。今までどおり仲のいい先輩と後輩という関係ならそれでいいし、彼が違った態度を取ってくるなら……私は、どうしようとしていたんだっけ。

いざ目の前に彼が立つと、頭が真っ白になってしまう。




一方王子は、顔が強張っている名前を見て笑みを堪えきれなかった。年上で、普段はしっかりしているけど恋愛には疎い人。今まで恋愛なんてしてこなかったのであろう初な反応が可愛い人。ぼくが、ぼくだけが守りたい人。

膝の上で固く握られていた名前の手を取る。

「迎えに来たよ、名前」

腰をかがめて、名前の手の甲にキスを落とした。



「っ!? な、え、」
彼の突然の行動に名前は目をぐるぐると回す。想定外もいいところで、キャパオーバーで今にも倒れてしまいそうだ。よもやこれは彼が科せられた罰ゲームで、私はこの王子様にからかわれているだけなのではとぐるぐる回る頭で考える。

「ふふ」

王子は絶賛大混乱中の名前を見てまた笑みを溢した。名前の頭の中は某大乱闘アクションゲームの8人対戦くらい混沌を極めている。

「迎えに来たって、その、王子隊に入るってこと……?」
混沌を極めた挙げ句その答えに至ったものの、王子の態度と自分を見つめる目が違うと否定していた。今まで必死に触れないようにしていた南京錠がガチャガチャと音を立てている。


「違いますよ。名前をくれ、とは言ったけど、まさか王子隊に編入するという話になっていたなんてね」
名前がその気なら大歓迎だけど、という言葉に名前は口を固く結んで視線をそらすことしかできない。

この期に及んでわからない振りをするのはもはや不自然ですらあったが、認めてしまうことがどうしてもできない。

だって相手は王子だ。年下で、しっかりしているようで天然なところもあってかわいい人。私が、私だけが守りたい人。


なのにやっぱり、しっかりと男の子だ。

髪の毛の感触を楽しむように私の後頭部に手を添えた王子が、すっと目を細めて顔を近づけてくる。

「好きだよ」

一瞬のことでまばたきもできない間に、王子の甘い吐息が耳にかかった。

そのままぐっと引き寄せられてしまえば私は為すすべもないわけで、もう抵抗することもやめてしまった。抱き締められながら彼の胸に頭を預ける。
「私はもうとっくに、王子くんのものだよ……」
「……知ってた」
消え入りそうな声だったが王子の耳にはしっかりと届いたようで、満足げに笑ったあとぎゅっと名前を抱きしめる腕に力を込めた。





ようやく恋心を認めた名前と王子は無事に付き合うこととなった。ちなみに王子からすれば、彼女の目を見ればぼくをどう思っているかなんて自明の理さ、ということだったらしい。名前の王子への気持ちは年下だからかわいいだけだと勘違いしていたことも、自分の気持ちに気づいても必死に隠そうとしていたこともすべて王子は分かっていたらしい。好きな人がわたわたする姿を見て楽しんでいたなんて趣味が悪いとしか言いようがない。まあその趣味が悪い人のことが好きになってしまったのは自分だけど……。

そして名前は今まさにその腹黒王子様に振り回されている。
「あああ、あの、王子くん、あの、手を、あの、」
「ん? 手がどうしたの?」
振り返った王子はにこりと微笑みながら首を傾げる。
「いや、あの、ここ人がいるし、これは、あんまり……」
そう言って名前は先程王子に繋がれた手を解こうとする。しかし、王子は逆にその手にぎゅっと力を込めた。

「……ダメなの?」

ああー、ダメじゃないです。
そんな顔で言われたらそう言ってしまうではないか。
そして名前は実際にそう口に出していたらしい。

「よかった」

とても良い笑顔でそう言い放った王子はしっかりと名前と手を繋いだまま前を向いて歩き始める。
もう恥ずかしすぎて熱が出そうだ。どうか誰にも……特に茶野くんたちには会いませんように。


彼は彼女をイジるのが好きみたいで、名前はかわいいかわいい年下の彼に振り回されてばかりだ。
それでもこの繋がれた手から広がる幸福感があれば人目なんてもうどうでも良くなってしまうくらいには彼のことが大切で大好きだ。

自分も相当馬鹿だな、なんて思いながら、今日も大好きな彼に振り回され続ける。




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