One life is all we have and we live




「わあ……!」
転送直後、眼下に広がる街の景色を見た名前の口から思わず吐息が漏れた。
名前が転送されたのは絶好の狙撃ポイントだった。
「茶野くん藤沢くん! 私A2地点に転送された! このまま狙撃狙います!」
「了解です!」
「おれらは予定通り合流目指します!」

いい風が私たちに吹いているのでは、と舌なめずりをする。レーダーの数は茶野隊とユズルを除いた5個。まだ各々がほぼ転送位置のまま散らばっている。
「このアドバンテージを使って一人落としときたいよねぇ」
比較的近い場所にある気配を感じ取り、そこを目掛けてスコープを覗き込む。しかし建物の裏側にいるのかスコープに人影は映らない。
「うぅーん、でも二人の援護がないとさすがに一発で落とすのはキツイよなあ……」
奈良坂ほどの精度があれば可能かもしれないと、今更己の未熟さを嘆いても仕方ない。

「うん、大人しく待機!」
そう名前が結論を出した頃、王子隊は合流を捨て狙撃手を探していた。

「おそらく茶野隊は全員バッグワームだね。やはりミャンヌは狙撃手だ」
「レーダーの穴が多すぎて位置を絞り込めませんね」
「運良く狙撃位置に転送された可能性もある。このまま上を目指すか?」
「うん、それがいいね」
王子が同意した直後、蔵内は上から狙いやすい位置に飛び出し、王子も蔵内がいる方角に意識を置きながら上を目指す。蔵内が囮になったとしても王子が追撃できるように。
蔵内が建物の屋上を伝ったり地面に降りたりする姿を、名前ははっきりと捉えていた。

「……!」
咄嗟に銃を構える。スコープの中心に蔵内を捉え、走る姿を追いかけた。引き金に指をかけていつでも撃てる体制に入るまで、1秒とかからなかった。
あとはこの指に力を入れるだけだ。

しかし、ドクンドクンと煩いくらいに心音が鳴っていて、頭が真っ白になりかける。

蔵内が囮であることはわかっている。そして真っ直ぐ上に向かってきている気配はおそらく王子だろう。私の位置を暴いて潰す気だ。蔵内と王子二人を相手に、今の私が闘えるだろうか。

「だめだ……」

名前は静かに銃を下ろした。蔵内と自分の距離が近かったこともありどんな仕掛けがあるかわからない今、当初の予定通り茶野たちの合流を待つのが賢明だろう。
名前に覚悟があれば、王子隊に反撃されたとしても撃っていたかもしれない。二人相手に闘える覚悟と、蔵内の急所を狙って撃てる覚悟があれば。どちらも今の名前にはできなかった。自分の狙撃に蔵内のシールドを破壊する威力がないことがわかっていても、彼が自分の弾で負傷することを考えたら撃てなかった。同じように、蔵内と王子に刃を向けたとしても、本気で戦うことができるだろうか。
銃を下ろし一息ついた時、名前は自分の息が上がっていることにようやく気づいた。

ここにきてなお何も成長できていないのかと、唇を噛みしめることしかできない。


『王子隊の作戦に鏡宮隊員はのりませんでした。警戒している様子です』
『一瞬本気で撃つ構えだったけどなあ』
『撃っても反撃されただろうから、茶野隊の合流を待った名前ちゃんの判断も賢明だと思うわ』


「やっぱりかからないね。蔵内、そのまま上を目指そう」
「了解」
名前もユズルも狙撃してこないと見るやいなや早々に作戦を切り替えた。上にいるならそのまま叩く。まだ下にいるなら迎え撃つ。単純明快な作戦だが、未だ誰も戦い始めていないところを考えると、時間が経てば立つほど敵も上に集まっていてやり辛い可能性もある。現に影浦隊も、王子隊の動きを見て上を目指していた。

『各隊、目的を持って動いているようですが、まだどの隊も戦闘には入っていません。非常に静かな入りです』

王子隊が再び上を目指した頃、茶野隊の二人が無事に合流を果たした。それを告げられた時、名前は心から安堵した。これで気兼ねなく撃てると。

名前が再び気配感知に集中し始めた時だった。
イーグレットの音が空を割く。

「影浦隊のスナイパー見つけました!」
「カシオよくやった。そっちは任せたよ」
「了解!」

「っ……外した」
「援護向かうよ〜」
ユズルを見つけた樫尾は立ち並ぶ家々を盾にしながら進んで行く。それを見ていたユズルは一発撃つも、ギリギリ当たらない。樫尾との距離はまだあるのに加え位置的にも自分の方が上にいるため、落とせる確率が高いと判断し迎え撃つ。比較的近くに北添が控えていたのも逃げなかった理由の一つだ。

ユズルに逃げる気がないと見るや、樫尾は歩みを止めた。慎重に近づかなければ撃たれる。練度を高めればシールドで防げないこともないだろうが、それはすべきでなはないと判断している。樫尾はレーダーに映るもう一つの影が北添であると予想しており、その予想は正しかった。


『一つの銃声から、戦況が大きく動き始めました。北添隊員は絵馬隊員のフォローに向かいます。一方、蔵内隊員、王子隊長そして茶野隊側にも動きがあるようです』
『狙撃手二人とも見つかっちゃったねぇ』
大きな画面には王子隊の二人に銃を構え直した名前の姿が映し出される。
場合によってはここがこの試合の大きな分かれ道になるかもしれないと、太刀川はニヤリと口角を上げた。


「11時の方向……」
スコープの中にはっきりと蔵内の姿を捉える。頭部、胸部、そして脚部に焦点を合わせた。
「茶野くん、藤沢くん、頼むね」
「「はい」」
茶野たちの返事を合図に、名前は引き金をひいた。

「! ライトニングか……!」
シールドを出す暇もないうちに蔵内の大腿部に穴が空く。咄嗟に建物の影に身を潜め、弾が飛んできた方角に目を向けた瞬間、逆方向からの追い打ちの弾が再び蔵内を追い込む。
「ハウンド」
しかし蔵内はすかさず茶野、藤沢両名に向けて得意のハウンドで反撃に出た。


『蔵内隊員、冷静に反撃します』
『負傷が大きいから、今反撃しないと一矢報いる前に落ちてしまうと判断したのでしょうね。切り替えの早さは流石だわ』


「やるね、茶野隊」
王子は足を止め、建物に身を潜める。橘高からの情報で現状を整理し、思わずそう呟いた。完全に茶野隊の策にハマっている。
「だとしても、ぼくが取るべき行動はこれしかないのだけど」
王子は当然だとでも言うように、負傷した身体で二人を相手している蔵内の元へ足を向ける。
しかし、ちらりと見やった建物の上に立つ人物に、思わず足を止めた。

銃を両手で抱え、バッグワームをはためかせてこちらを見下ろしているのは名前だ。遠くて表情まではわからないが、誘っていることは明白だった。

「ミャンヌ」

ぽつりと声が溢れた。
王子隊の隊長として、蔵内の元へ向かい茶野と藤沢を仕留める以外の選択肢はないはずだった。そうしなければ深手を負った蔵内がやられてしまうのは目に見えている。
しかし、自分は今歩みを止めてしまっている。建物の上からこちらを見下ろす彼女から、目を背けられずにいる。

「行って、王子くん」
「羽矢さん?」
「名前がいるんでしょ?」
通信が切れておらず、先程の独り言が筒抜けだったことに王子は頭を抱えたい思いだった。
「せめて一人倒してから落ちるように善処するよ」
「……ああ、頼んだ。ありがとう」
橘高と蔵内から背中を押され、王子は足の向きを変えた。隊長として良くない行動であるはずなのに、王子は無意識に口角を上げていた。

名前はこちらへ向かい始めた王子を視認し、トンと軽い足取りで建物を飛び降りる。
「王子くんを引きつける。蔵内くんをよろしくね」
「了解」
「任せてください」

地に足をつけた名前は、休む暇もなく走り始める。トリオン体でもアドレナリンが出るのだろうかと頭の片隅で考える。
王子との距離は十分あるため、このまま姿を晦まして再び狙撃位置を見つけることもできる。それでも一度姿を見せてしまっているため、早々に見つかる可能性だってある。その時自分が王子を切れるかどうかは正直自信がない。けれど、怖いと思う反面、王子との対決がかつてないほど楽しみでもある。

思わず上がる口元を手で押さえ、名前を追いかける彼の前から姿を晦ました。




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