I was born to do this.




「ごめんなさい!!」
茶野たちと合流した直後、名前は焦った様子の茶野と藤沢に頭を下げられた。
「ど、どうしたの……?」
ただ事ではない様子に内心とても焦ったが、名前まで慌てれば収集がつかなくなると思いかろうじて冷静さを保つ。その間にも、実は茶野が何らかの事情でボーダーを辞めなければならなくなったとか、あらゆる最悪の事態を想定して頭の中はめちゃくちゃだったが。

「実は……」

茶野が眉間にシワを寄せて深刻そうに口を開く。名前は思わずごくりとツバを飲み込んだ。大丈夫。どんな話でも、受け入れる。
そう意気込んだものの、彼の口から聞かされた話は名前の予想とは180度違うものだった。



「えっとつまり……偶然会った王子と挨拶がてら次の試合のことを軽く話していたらいつの間にか私の話になって、そしてなぜかどっちが私のことを理解してるかの口論に発展して、売り言葉に買い言葉で次の試合でウチが負けたら私が王子隊にいかなければならない、と」
茶野から聞いた話を確認も含めて繰り返すと、目の前の彼は申し訳なさそうに視線を下げてこくりと頷く。
「はい……ミャンヌはぼくがもらう、と言ってました……」
「本当にごめんなさい! おれ、あとになってからことの重大さに気づいて……」

眉間にシワを寄せてうなだれる茶野と藤沢を見ながら、名前は途方に暮れていた。

まず私の所属を賭け事にするってどういうこと? 本人そっちのけで? その前にそもそも私のことで口論になるってどういう状況? 売り言葉に買い言葉って血の気多すぎんか!? よりにもよってあの王子が!

ツッコミのオンパレードだが、それらが口から出てくることはない。
いろいろと言いたいことはあったがまずは茶野たちを落ち着かせなければと思い、名前は一つ息を吐いた。

「まず負けたら王子隊に引き抜かれるっていう話だけど、本人の承諾なしに所属が変わることは絶対にないから安心して。私がここを抜ける気はないから」
名前の言葉に茶野たちが顔を上げる。一瞬安堵の表情を見せるが、名前に迷惑をかけた事実は変わらないと思い直したのだろう。彼らは眉を下げ、でも……とつぶやく。
「十分理解してると思うけど、売り言葉に買い言葉で他人を巻き込むようなことはしちゃだめ。それは王子くんにも言えることだから彼には後でキツく言っておくね」
「はい……」
「すみませんでした……」
彼らは見ていて辛くなるほどしゅんとうなだれる。叱られた子犬のようなその姿に怒っているはずのこちらの胸が痛んだ。あまりキツイことは言いたくないけれどちゃんと注意してあげるのも年上の役目だ、と自信に言い聞かせるも、私が年下の健気な姿を前にして心を鬼にできるはずもない。

「ちゃんとごめんなさいを言えるのは偉いね!」
しんみりとした空気を払拭するように明るい声を出して二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。茶野たちはビクリと肩を震わせ、恐る恐るというように顔を上げた。
「正直茶野くんたちが私のことを好いてくれてるんだなあって思ってちょっと嬉しかったかな」
へへ、と笑うと茶野と藤沢の顔にも笑顔が戻ってくる。彼らはもう十分反省しているだろうから、これ以上小事を言う必要はない。
王子は後でとっ捕まえてお灸を据えておこう。

ちなみに後に合流した十倉に事情を話すと、彼女は茶野たちがうなだれるほどカンカンに怒っていた。



そしてついに、その日はやってきた。
王子隊、影浦隊と戦う日だ。

下位からついにここまで這い上がって来た。
私と、茶野くんと、藤沢くんと、十倉ちゃんで。
誰が欠けてもここまで来れなかっただろうし、各々が日々成長を遂げてきた成果でもある。それは、私も含めて……。


会場はほぼ満員状態だった。上位の戦いだからというのもあるが、ここまで人が膨れたのは名前の噂も関係している。噂の渦中である名前と影浦の直接対決が見れるかもしれないのだ。自然とギャラリーが増え、会場は賑わっていた。


『元彼vs今彼か〜?』
『馬鹿なこと言ってないで解説しなさい』
解説役である太刀川の無遠慮な発言に会場のざわめきがヒートアップする。
”やっぱり王子さんと鏡宮さんって付き合ってたの?”
”今は王子さんとも影浦さんとも仲がいいって聞いたけど……”
そんな口々に呟かれる噂で加古の鋭いツッコミもかき消されてしまいそうなほどに。

『場所は市街地Cに決定しました。大注目の第8戦は、まもなく開始です』
言い終えた三上はマイクに入らないように小さく息をつく。さすがの三上も今回の実況が無事に終わることを神に祈るしかない。



「市街地Cか〜」
北添のつぶやきに、影浦隊メンバーの視線が市街地Cを映し出す画面に移る。
「最近たまに狙撃練習で名前さんを見かけるから狙撃手でくることもありえるかも」
「でも名前さんは俺たちを撃てないよね?」
「じゃああれじゃねぇか? お前が”アイツ”のために、人を撃てなくても撃てる弾を伝授したとかなんとか。あれ使う可能性もあるだろ」
横目で絵馬を見る影浦の発言に彼はほんのり顔を赤くする。
「い、いやそれはないと思う……! あれは相当量のトリオンがないと成立しないから。名前さんもトリオンは多いけど鉛弾狙撃は厳しいんじゃないかな」
「チッ……」
名前の考えが読めなくて苛つく影浦がわかりやすくて、北添は思わずニヤけそうになる口元を咄嗟に押さえる。
「おいゾエ! おめーいらねぇこと考えてんな!?」
しかしSE持ちの影浦にはそんな小細工なんて意味はなく、彼はいまだニヤけた顔を晒している北添に思い切り詰め寄る。影浦もユズルもちゃんと青春しているのだと思うと、顔が緩むのを抑えられるはずもない。
「ごめんごめん! ゾエさんなんか嬉しくて」
「ああ!?」
影浦のこともあるが単純に今日の試合が楽しみというのもあった。影浦と王子と名前がどう動き試合がどう転ぶのかは、神のみぞ知るところである。




一方王子隊も作戦室で最終調整を行っていた。
一緒に防衛任務をしていた時は、王子隊の穴を埋めるため名前は狙撃手として参加することも少なくなかった。当時のことを思い出し、王子は思わず口元に微笑を浮かべる。
「ミャンヌが狙撃手で参加なのは間違いないだろう。この地形、狙撃手がいない俺達にとっては不利だ」
王子の考えに蔵内が相槌をうつ。
「つまりまずは絵馬と名前さんを倒すってことか」
「そのとおり。合流の前にまず二人を見つけよう」
王子の提案にそれぞれが頷き、最終調整を終えた。あとは転送を待つのみである。

橘高は最終調整を終えたあと椅子に座る王子をじっと見つめる。
橘高自身も今日の試合は楽しみだったが、橘高には王子が自分の比ではないほど今日の試合に特別な感情を抱いているように見えた。名前とはともに戦うことはあってもしのぎを削りあったことはない。名前が自分たち相手にどんな戦いをしてくれるのか、王子もワクワクしているのだろう。ずっと気にかけている名前なら尚更。そう考え彼の方を見た。

「王子くん楽しそうね」
瞳が普段よりもギラついて見えることに期待が高まるとともに多少の不安も抱いた橘高は、彼の様子を探るべく声をかけた。そうすると彼は存外落ち着いた様子で顔を彼女に向ける。
「はい。実は昨日茶野隊の子たちに会って挨拶をしたんです。そして確信しました。今日の試合はきっといい試合になるって」
そう言ってにこりと目を細める王子に首を傾げる。名前ではなく茶野たちが関係しているの……?
どういうことか問おうと思うも、この疑問を王子に投げかけることはできない。

もう間もなく、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




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