I'm believing that




全然駄目だった。
茶野たちに背中を預けられるようになったことと荒船と戦えたことで、少しは克服できた気でいた。しかしどうしても頭をよぎってしまう弟の姿。相手が近界民であってもその人にも家族や友達、大切な人がいるだろうと想像してしまう。大好きな弟がいなくなってしまった悲しみを思い出し、戦う気力を無くしてしまう。やらなければやられるだけなのに。
漸くついてきた自信がガラガラと崩れ落ちそうだった。


いつもより2時間も早く目覚めた布団の中で、無理に眠ろうと瞑っていた瞼に腕を押し当てる。

どうせ眠れないのならこの時間を勉強や練習に費やした方が建設的だ。
そう思って、名前は気だるさの残る身体をぐっと起こす。


きっと、名前一人だったら歩みを止めて泣き出していた。
弟の分まで立派に生きたいのに、お姉ちゃんは二人分の命を背負えるほど立派になれないよって。
でも今は周りにたくさんの人がいる。情けない私に手を差し伸べてくれる人がいる。
自分を支えてくれる人たちに応えたいと思って努力を重ねるようになったのはいつからだったろう。




近々ある敵国襲撃の作戦に加わってほしいという話を忍田から聞いたのはその日の午後だった。
どうやら最近の茶野隊の実力を見てゴーサインが出たようだ。
迅がある程度予知しているのか、今回の敵はアフトクラトルの時ほどではないらしい。そう言われても、名前はすぐに首を縦に振ることはできなかった。それほど危険な戦いにはならないとは言われても、茶野と藤沢のことを思うと安請け合いをする気にはなれない。
しかしここでこの話を断ることが彼らのためになるとも到底思えない。彼らはもう立派に戦える力を持っている。
そして、有無を言わせず作戦に加えることもできたはずの忍田がこうして名前に意見を問うているのは、名前の覚悟を確かめるためだということも理解している。

「精一杯、尽力させていただきます」

逡巡の末そう言って深く頭を下げた名前に、忍田は力強い笑みを返した。



そうして迎えたガロプラ侵攻当日。
名前はボーダー本部の屋上から眼下に広がる我が街を見下ろしていた。冷たい風が吹きつけ彼女のバッグワームが翻る。風に合わせて、バッグワームの下に隠れている雪のように白い名前の素肌が闇夜にチラつく。

「名前さんかっけー……」
「太一、見惚れてないで持ち場につけ」
「荒船さんも見惚れてたくせ、に……なんでもないっす! すぐ行きまっす!」
ギロリと荒船の鋭い視線を受けた別役は微動だにしない名前から視線を外し、持ち場へと移動する荒船の背中を追いかける。


2月の寒空の下にチラつく素肌は見ているだけで寒そうだが、トリオン体である名前は平然とした顔で風を受けている。
当真側の狙撃手が全員移動したのを確認し、奈良坂はそっと名前の隣に並んだ。名前と同じように口を噤んだまま眼下の街を見下ろし、チラリと名前の横顔を盗み見る。名前の瞳は、ちょっとした夜景のようなその景色が反射しキラキラと輝いているように見えた。

「ね、無駄なんてことないんだよ」

奈良坂の視線に気づいたのかゆっくりとこちらを見上げた名前がニッと得意げに笑う。つい数日前、練習場で会った名前との会話を思い出した。彼女の努力が上にも認められているようで、なんだか誇らしい気持ちになる。
「はい」
名前の力強い目を見つめ返し、奈良坂は微かに目を細めた。


「なんかすごくいい雰囲気……!」
「美男美女は絵になるなあ
同じ持ち場である日浦と佐鳥は、爛々と目を輝かせてそんな二人の様子を観察する。
「ほらほら、おまえらも持ち場につけ」
「はーい」
木崎の声を合図に日浦たちも名前の側へと歩き出す。

「司令部、こちら木崎。狙撃班位置についた」

場を引き締めるような木崎の声に、名前は銃を構え直す。その直後本部に向かってくるトリオン兵が現れた。


どうか、全員無事で終わりますように。


そう祈り、名前は狙いを定めて引き金を引いた。




盾を出すトリオン兵に苦戦しながらも狙撃を続けていると、突如として空から物体が降ってきた。
まずいと思った瞬間には門が開き、犬型のトリオン兵が飛び出してくる。

「うわわわ!」
「茜ちゃん!」
咄嗟にスコーピオンを出し襲いかかってきたトリオン兵を斬る。近接戦では邪魔でしかないバックワームを脱ぎ、息つく暇もなくスコーピオンを振りかざす。
「大丈夫?」
「はい! ありがとうございます!」
辺りを見渡すともう狙撃を続けられる状況ではなく、木崎と荒船も空から降ってきたトリオン兵の応戦をしているようだった。

名前は次々と襲ってくるトリオン兵を捌きながら、茶野と藤沢の姿が脳裏を掠めた。彼らは下にいる嵐山たちに同行しているはず。上からの狙撃が途絶えたら下が危なくなるのは火を見るより明らかだ。
万一に備えて嵐山たちと同行させておいて良かったと心から思う。そこには他にも木虎や烏丸がいるはずで、あの数を前にしても暫くは持ちこたえられるだろう。


今は自分のやるべきことをやろうと気を引き締めた時、名前の耳にプツッと通信の音が入る。

『名前さーん、援護いるよね?』
「米屋くん! 下が心配だから援護あった方がいいけど……」
名前は下から近づいてくる2つの気配を感じ取り、言葉を切った。
「強力な助っ人がもうすぐ来るからもう大丈夫。屋上はいいから、下をお願い」
『おお? りょーかい』
米屋は一瞬、”強力な助っ人”について詳しく聞こうと思ったが、さすがに戦闘中とだけあって深入りはせずに通信を切った。



「……ってことらしいけど?」
米屋の傍らで静かに名前との通信を見守っていた三輪は、米屋から名前の伝言を聞くやいなやふっと肩の力を抜く。
「……わかった」
しかしそれも一瞬のことで、三輪はきゅっと口を結ぶと本部を振り返ることなく走り出す。
これも信頼故かな。先程まで眉間にシワを寄せて屋上の様子を心配していた三輪の態度の変わりように、思わずチロリと舌なめずりをした米屋もすぐに彼の後を追った。



「きたきた」
名前がニヤリと口角を上げた直後、下から飛び出してきた強力な助っ人が登場とともにトリオン兵をぶった切る。

「おっ辻ちゃんじゃねーの」
「駿くん!」

辻と緑川の登場に狙撃手組が復活の兆しを見出す。

「おまたせ。って、名前さんさらし姿だ」
「っ……!」
緑川の声につられて名前を見た辻の目がみるみる開いていく。カッと顔が赤くなり、辻は咄嗟に口元を押さえて視線を逸した。

「はっはっは、辻ちゃんには刺激が強かったな
「ごめん辻くん! こんな見苦しいものをお見せして……! 暫くの間ご容赦ください!」
当真は愉快そうに笑っているが、当事者である名前は眉を下げる。今回は鼻血を出していないだけましだと思いたい。
「だ、いじょぶ、です……!」
体制を崩した辻を援護するようにトリオン兵に応戦するも、すぐに辻が体制を立て直した気配がして名前は振り返った。
まだ顔が赤い辻に微笑み、名前も戦闘を再開する。


「名前さんが背中にいるって思うと安心っす!」
「絶対太一くんには触れさせないからね」
「今の言葉痺れる……!」
狙撃に戻った別役の言葉に励まされるようにトリオン兵を倒していく。すばしっこい犬型トリオン兵相手には特に名前と緑川の機動力が役に立った。気がついたら犬型トリオン兵の数が減っていて、下の敵も勢いを減らしているようだった。下で戦ってくれている米屋や三輪たちのおかげだろう。

「兵を送り込んでるやつを割り出したな」

数を減らす敵を見て荒船がそう呟いたとき、名前の耳に本日二度目の通信が届いた。
『名前』
その一言だけで、それが二宮からのものであるとわかった。
「二宮さん、どうしました」
『敵トリオン兵が射程外に退いた。先を考えてなるべく数を減らしておきたい。狙撃手を半分下にくれ。地上で追撃する』
「了解です」

端的に要件だけを述べた二宮はプツリと通信を切る。
「あら、名前ちゃんと喋りたいからって、二宮くんが指示出しちゃうの?」
二宮は加古をチラリと見やったが、その意地の悪い笑みを見ても何事もなかったかのように視線を戻す。
「名前さんが無事かどうか確かめる為っていうのもあったのかな」
「そうですね」
くつくつと笑う犬飼に黒江が適当に相槌を打つ。


そうこうしているうちに狙撃手が降りてきた。ダダンと音を立てて屋上から飛び降りて来たのは比較的即戦力にしやすい面々だ。


降りてくるなりあたりをぐるりと見回した名前はある一点でぴたりと動きを止める。

「茶野くん! 藤沢くん!」
すぐさま走り寄ってくる名前の姿を見て茶野と藤沢は目を丸くする。
「名前さんその格好……!」
藤沢に至ってはほんのり頬に紅がさしていて、目のやり場に困ったように視線を逸した。
「怪我してない?」
名前は構わず二人の頭を撫でて安否を確認する。
「大丈夫です! 俺たちだって戦えます!」
茶野の元気のいい声に同意を示すように藤沢もこくりと首を縦に振る。あくまで視線はそらしたまま。
「こいつらは立派に戦ってるぞ」
にかっと笑った嵐山を見て、名前の肩から力が抜けた。
二人まとめて抱きしめたい衝動に駆られるが人の目もある手前、もう一度二人の頭をくしゃりと撫でて微笑むに留める。


茶野隊の感動の再会を横目に見つつ、犬飼は戻ってきた辻ににやりと笑みを向ける。
「辻ちゃん今回は鼻血出さなかったの?」
「……出してません」
むすりとした顔を隠すこともせず、それでも律儀に答える辻に、犬飼はそうかと短く答え笑いを噛みしめる。

ま、あれは刺激が強いわな。

いつの間にか二宮と加古たちの和に入っていた名前の笑顔に引き寄せられるように、犬飼もその和へと歩き出していた。




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