that’s everything man has.




約1ヶ月ぶりに訪れる狙撃手の練習場で、名前は一人身を固くしていた。
個人戦よりはマシだと己に言い聞かせ練習場に入ったはいいものの、個人戦のブースとは違う雰囲気に馴染めずにいたのだ。

1ヶ月も期間を空けてしまったのだから、と名前は部屋の隅でひとりため息をつく。名前も知らないC級隊員の好機の目に晒されているし、狙撃の腕も落ちているだろうことを考えると、ため息もつきたくなる。
同時に、茶野隊に入ってもう1ヶ月も経つのかと、時の流れの速さに驚きもする。いくらあっという間だったからと言っても、1ヶ月の期間が空いてしまったことの言い訳にはならない。自業自得である。

いつまでも部屋の隅にいるわけにもいかず、名前はソロソロと壁を伝いながら端のブースを陣取った。


「名前さん」
あとは狙撃練習に励むのみとなった名前が、今度は人心地つく思いで安堵のため息を漏らした時、ふいに隣から名前を呼ぶ声が聞こえた。
知り合いがいたのかと僅かに心浮き立つ思いで顔を上げると、いつもと変わらない感情に欠けた顔がこちらを向いている。
「奈良坂くん」
名前がほっとしたように顔を綻ばせるも、奈良坂は表情筋を一切動かさずじっと名前を見つめたままだ。名前はその反応に不満を漏らすわけでもなく、ニコニコと笑顔を返す。それが奈良坂という人物だと知っているし、むしろ彼の冷静で落ち着いた態度が名前には心地良い。

「名前さんがこっちに来るのは久しぶりですよね」
「そうなの。最近はずっとスコーピオンばっかり使ってたから」
苦笑を漏らしつつそう言うと、奈良坂は何かを考えるように一拍置く。
「でも茶野隊は銃手2人攻撃手1人の形が出来てますよね。それならもう狙撃は必要ないのではないですか」
奈良坂の言葉に、名前は驚きを持った目で奈良坂を見つめ返す。今度は名前が考える番だった。
狙撃が必要なくなるとは全く考えにも及ばなかったのだ。
茶野隊は名前というカードを加えた形を確立し始めている。今が安定期に入る前の大事な時期で、誰が抜けても崩れてしまうようなバランスで成り立っていることは想像に難くない。それは名前も理解している。ただ、茶野隊所属の鏡宮名前であることの大前提に、ボーダー所属の鏡宮名前なのだ。
茶野隊のために力をつけるのではなく、あくまで己のために鍛錬を積むところに名前の強かさがある。それは決して茶野隊を蔑ろにしているのではなく、むしろ今後茶野隊の可能性を飛躍させることにも繋がっている。だからこそ多少無理をしてでも名前は強くあり続ける。




「定期的にやっとかないと腕が鈍るから」

眉をハの字にさせて笑った名前の顔を見て、奈良坂は自分の名前に対する評価に確信を持った。そのひたむきな姿が周りの目を惹きつけるのだと。

奈良坂はそれ以上何も言わず、名前も彼に倣って練習を開始した。

何分経過しただろうか。

奈良坂は細く息を吐き銃を置く。いつもどおり真ん中にのみ穴が空いている的を一瞥し、そろそろ練習を上がるかと腰を上げた。
名前はまだいるのかと彼女が陣取ったブースに目をやると、そこにはまだ銃を構えた名前がいた。攻撃手としての彼女が動だとすれば、狙撃手としての彼女は静。どちらも名前であることは確かだが奈良坂は狙撃手としての名前の方が好きだった。普段スコーピオンを自在に操る姿に爽快さを感じるが、静かに狙いを定める今の名前を見てそれを確信する。
彼女がじっと狙いを定め引き金を引く。
つられるように名前が撃ち抜いた的に目をやると、そこにはリンゴの模様ができていた。
なぜリンゴなのかはわからないが、立ち上がり完成した的を見ながら満足げに口角を上げる名前を見て、奈良坂も薄く笑みをこぼす。
そのリンゴは、名前の腕が健在であることの証だった。





名前が練習を終えた頃には既に奈良坂はその場から姿を消していた。
最後にもう一言くらい話したかったなあと思いつつ名前も練習場を出る。


「名前さん」

練習場を出た直後、不意にかけられた声と刺々しい雰囲気に、名前は振り向く前にその声が誰のものであるのかを悟った。振り返ってその顔を視認し、納得すると同時に彼の名を口にする。
「三輪くん」
しかし彼は口を閉ざしたままじっと名前を見つめているだけだった。

彼はいつもお前が嫌いだと主張するような刺々しい空気を纏っているのに、自ら話かけてくるのは何故だろうと名前は思う。しかし、そんな疑問よりも彼が話しかけてくれるという事実を喜んで受け入れることを優先する名前は、いつもその疑問を一秒後には手放していた。
「三輪くんがこの辺りにいるの珍しいね。何か用事?」
にこりと笑いかけるも、三輪の表情が崩れることはない。これもいつものことなので名前が特に気にすることはないが。
「名前さんこそ珍しいですね。狙撃の練習ですか」
「うん。腕が鈍っちゃまずいからね。そういえば奈良坂くんにも会ったよ! 久しぶりに話せて良かった」
変わりない奈良坂の姿を思い出して名前はにこりと微笑む。対して、名前の言葉を聞いた三輪はピクリと眉を上げた。
「奈良坂と練習したんですか」
「うーん。お互い練習に集中してたから会話は最初だけだったけど、隣のブースで練習したよ。奈良坂くんいつの間にかいなくなっちゃってたし」
あははと笑い声を上げると、三輪は小さく相槌をうった。
何を考えているのかイマイチわからず名前は笑顔のまま彼の次の言葉を待つことにする。三輪の眉間にシワが刻まれていることに気づいた時、ふと顔を上げた彼の赤い双眸が名前の視線と絡み合う。

「個人戦に行きましょう」
「え?」
くるりと身を翻し歩き出す三輪の背中を慌てて追いかける。何がどうなってそういう結論に至ったのかと聞こうとしたとき、彼の口からその答えが提示された。
「二宮さん命令です」
「ああ……」
そういえば前に二宮さんが三輪くんに話をつけておくとかなんとか言っていたっけ。
「ごめんね、私なんかのために大事な時間割かせちゃって……」
「そう思うならそれ相応の練習成果を出してください」
「ぅ……はい……」
後輩からの厳しいお言葉に肩をすぼめるしかない。事実、一刻も早く弱点を克服したいという気持ちは日に日に大きくなっているし、これは願ってもいないチャンスなのだ。
名前は半歩前を歩く三輪の横顔をチラリと盗み見る。キリッとした切れ長の目とスッと伸びた鼻筋は大人っぽさを醸し出しているが、まだどこか滲み出るあどけなさがあり、名前はぐっと喉を詰まらせた。


三輪を傷つけるなんてできない。


その思いが戦闘にも出てしまった。やる気あるんですかと終いには三輪に叱られる始末で、散々な結果で終わってしまった。

名前は肩を落としすごすごとブースから出る。
「お疲れ」
珍しく重い空気を纏う名前に声をかけたのは三輪隊オペレーターの月見だった。誰かから連絡を受けたのか、また噂が出回っていたのか、偶然通りかかったのか、月見がここにいる理由はわからないが、名前を待っていたということは先程の醜態も見られているということだろう。

「へへ、格好悪いところ見られちゃった……」
頭に手を置きチロリと舌を出す名前を見て、月見はふふと上品な笑みをこぼす。同い年とは思えないその仕草に彼女と己の違いは何なのかと首を捻りたくなる。

「苦戦してるみたいね」
「そうだね……うまくはいってないかな。今日も三輪くんに怒られちゃった。余計に嫌われちゃったかも……」
思わず苦笑を漏らすと、月見は困ったように眉尻を下げて三輪が去って行った廊下の先に視線を送る。
「……ある意味素直なんだけどね」
その言葉の意味するところを聞く前に、月見は名前の肩に手を置き激励の言葉をかける。

「応援してるわ」
「ありがとう」

それ以上何も聞くことができず、真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く月見を見送った。




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