or to be against God’s will.




名前の予想よりも諏訪隊が粘っており拮抗状態が続いたが、戦局はいつだって急に変わるものなのだ。

ガラガラという振動のあと、うお、という諏訪の短い叫び声が路地に響く。同時に諏訪の身体が傾いた。


『荒船隊2度目の壁抜き! 今度も諏訪隊員に掠った!』


驚きというよりも、チャンスだと思った。諏訪の身体が何故傾いたのかとか、振動が何なのかとかを考える暇もなく、条件反射のように諏訪に斬りかかる。

衝撃でバランスを崩した瞬間に名前が斬りかかってくるのを見ても、諏訪に不思議と焦りはなかった。本気になった名前の集中力の高さに素直に感心し、昔から諏訪のことは容赦なく斬れることを思い出し、少しの誇らしさを感じた。
決して名前に攻撃されるのが好きな変態などではない。名前に認められているような気分と、他の者とは違う扱いだという優越感を得ながら、己の活動限界が近付いているのを感じた。できれば名前にとどめを刺されたかった。何回も言うが諏訪は変態ではない。ただ、名前と本気でやりあえることが嬉しいだけだ。


『諏訪隊長ベイルアウト! しかしこれは荒船隊の銃撃によるトリオン漏出過多です。荒船隊に1pt! 続いて茶野隊長もベイルアウト! 諏訪隊に1pt入ります』


「えっ」
諏訪が倒れ、バシュッという緊急脱出を伝える音の直後、茶野たちの方からも同じ音が聞こえた。茶野の気配がないことに気づくよりも先に、路地の先に目を向けて状況を把握した。
茶野が笹森にやられたのだ。ただその笹森も無傷ではない。実力差があるとはいえやはり2対1は分が悪かったと見える。


『さあ路地裏の戦いも終盤に近づいて参りました! 前にも後にも引けない笹森隊員の背後に鏡宮隊員が迫ります!』


負傷した笹森を相手にすることは名前にはできなかった。ただ陽動として笹森の注意を引く役目。主力を藤沢に任せてしまったのは、後輩にチャンスを与えるなんて偉そうなものではなく、ただ自分にその覚悟がないだけである。
そんな半端な覚悟のまま名前はスコーピオンを振るう。笹森が倒れる姿を見るまでもなく、バックワームを装着し、路地裏を抜けた。

荒船隊からしたら突然姿を消した名前は不気味だった。ただ、ターゲットを笹森から荒船隊に変えたことはわかる。身構えたところで、気配を察知できる名前の方が圧倒的に有利な点が厄介だが。


『笹森隊員緊急脱出! 路地裏の戦いに軍配が上がったのは茶野隊だ!』
『その間にも名前さんは迷いなく荒船隊に忍び寄ってますね』
『荒船隊も名前さんが来ることは予想してるだろうけど、こればっかりはどうしようもないですね。だって相手は気配だけで居場所を突き止めちゃう人なんだから』
『まあ恐らく狙うなら……』


名前はターゲットに向かって一直線に、気配を潜めて走る。名前のサイドエフェクトはあくまで気配を感知するものなので、個人を特定するのは難しい。ただ、長年このサイドエフェクトと付き合ってきて、その使い方は心得ているつもりだ。

ピョンピョンと建物を駆け上がり、密かに練っていたメテオラを解き放つ。
「っ!」


『でたー!! 鏡宮隊員本日2度目の爆撃ー!!』
『やっぱり狙うは半崎だったか』


突然の爆撃にバランスを崩した半崎は建物を降りざるを得ない。しかし視界も奪われている彼にはもう成すすべがなかった。
「半崎くんが一発撃ってからずっと気配を追ってたの」
「そう……ですか」
とどめに藤沢の攻撃を食らい、半崎はギリッと歯を食いしばる。何もできずに終わってしまうことが悔しかった。しかし、緊急脱出する直前に聞いた名前のセリフに、妙に納得してしまっていた。名前のサイドエフェクトの能力だけを見れば特殊体質に当てはまるBランク程度だろう。だが名前はそのサイドエフェクトを余すことなく駆使し、その効力を最大限に使いこなしている。彼女がこのサイドエフェクトを使う限り、全ては彼女の手のひらの上なのだ。


半崎が緊急脱出し爆撃に目がなれた頃、この試合の最終決戦が始まろうとしていた。ここからはもう小細工は必要ない。先の爆撃で居場所は割れてしまっているうえ、名前にはサイドエフェクトがあるため相手の位置もある程度特定できる。それならコソコソ隠れているよりも、決着をつけに行った方が早い。
名前はバックワームを外した。

「荒船隊はB4とE4だね。どっちがどっちかまではわからない」
「俺はE4に向かいます」
「了解。じゃあ私はB4で」
「暗視モードに切り替えます」
十倉の宣言どおり、視界が暗視モードに切り替わる。もうここからは真っ向勝負しかない。小細工をしたところでサポートしてくれる仲間はいないのだから。

自らの手で、荒船か穂刈を倒すしか道はないのだ。


「B4の高い建物にレーダーの反応が出ました! バックワームを脱いだみたいです……」
「え?」
自分でもレーダーを確認すると、確かに名前が向かっている先に先程まではなかった反応が出ていた。真っ直ぐ向かってくる名前を見てバックワームが意味をなさないと判断したのか。しかし狙撃手が狙撃を諦めてしまうというのは、戦闘放棄と同義である。懐に忍び込まれて不利なのは狙撃手なのだから。
いや、彼に至っては別か……。

名前が忍び寄るように建物を駆け上がると、そこには待っていたかのように弧月を携える者の姿があった。どくんと心臓が跳ねる。奇襲の手は使えないと判断した名前は建物の影から音もなく姿を晒した。

「荒船くん……」
「やはり名前さんだったか」
名前の姿を視認した荒船の口角がニヤリと上がる。帽子の下から除くその笑顔が仄暗い灯りに照らされて、ゾワリと背筋に冷たいものが走った。
荒船が荒船じゃないように見えたのは灯りのせいか、それとも彼自身の心持ちが違うからか、名前自身の気持ちの問題か。全てがそうだと言えるし、全てズレているとも言える。

「本気で来てください。名前さん」
彼が弧月に手をかけたのを見て、ごくりと生唾を飲み込む。こうなることはわかっていた。逃れられない。なのに、手が震えてしょうがない。
震えを抑えるようにスコーピオンを持つ手にぐっと力を入れる。それを合図と受け取ったのか、荒船は弧月片手に名前目掛けて踏み込んだ。

「どうして向かってこないんですか」
「っ……」
荒船は元は弧月の使い手だ。容赦のない猛攻に、名前はシールドとスコーピオンで応戦するも徐々に後退していくしかない。


『名前さん苦戦してるな……』
そう呟いた出水は固く手を握りしめ、中継モニターを食い入るように見つめる。防戦一方になっているのは誰の目から見ても明らかだった。


攻撃に転じるスキすら与えられない。それほど荒船の攻撃には鬼気迫るものがあり、名前の身体は困惑と焦燥で溢れる。心の準備をする時間なんて与えないぞと言われているようだ。

こんな攻撃、名前さんが本気を出したら躱せるだろ?
もっともっともっと、己の強さを実感させられれば名前さんの本気を引き出せるのか?
そんな荒船の心の声が聞こえてくる太刀筋。


名前は困惑の表情を浮かべて荒船の攻撃を受け止める。彼女の表情を見て、荒船はギリッと歯を食いしばった。名前はこんなものじゃない。自分では力不足なのかと。
名前は荒船が目指すべき道の先を行く人だ。完璧万能手。己の力だけでそのポジションを手に入れようとしている。どれほどストイックに鍛錬に取り組んだのだろう。どんなことを考えて動いているのだろう。
その全てを、身を持って感じたい。
そして、荒船自身も認めてほしいと思っている。対等に戦えたら、どれほど素晴らしいだろう。

「俺は……」
「……」
「俺は名前さんが本気で戦わない理由を知りません」
攻撃の手を緩めることなく、荒船は口を開く。
「名前さんは"戦えない"人たちとは違う。戦おうと思えば戦えるはずなんです。戦闘員以外の道だってあるはずだから」
名前は目を丸くして荒船を見た。

「戦わない理由がどんな理由であろうと、目の前にいるのに距離を置かれているみたいで、辛いです」

その一言に、とうとう名前は手を止めてしまった。カンと乾いた音を立ててスコーピオンが弧月の攻撃を受ける。弧月を固く握ったままの荒船も攻撃の手を止めて、真っ直ぐ名前を見据えた。

「俺は名前さんと本気で戦いたいです」
苦笑気味に告げられた言葉に、名前は目を丸くする。そして、苦しそうに眉を寄せたと思ったら、真っ直ぐに荒船を見据える。

「そのとおりだ……。荒船くんは、強いよね」
名前はニッと歯を見せて笑う。スコーピオンを構え直し、彼と対峙してから初めて攻撃の体制に転じる。
名前が構えたのを見て、荒船の顔にも思わず好戦的な笑みが溢れていた。


『一瞬二人の攻撃が止まったと思ったら再び刃を交えはじめました。一体どんな会話をしていたのでしょう。音まで拾えないのが惜しいですね』
『まさか名前さんが荒船さん相手に攻撃するとは思わなかった……。荒船さんどんな誘い方したんだろ』
『荒船さん羨ましい! 俺この前個人戦断られたんだよなあ』
『それいつものことだろ』
『うっせえ弾バカ』
『誰が弾バカだ、槍バカ』
『両者一歩も譲らない睨み合いです! まず仕掛けたのは荒船隊を背負う隊長!』


荒船は狙いをつけて弧月を振るう。確実に名前を仕留めるつもりで向かっているので、気持ちを切り替えたとはいえすぐに荒船を倒せるとは思っていない。ただ防戦一方だった時と比べると、構え方が違う。臨戦態勢に入った猫のように神経が研ぎ澄まされている。

猫のように、ではない。もはや猫だ。

荒船の弧月をぴょんと跳んで避け、身体を撓らせた軽やかなステップを踏む。掴みどころのないその動きが、彼女の本質を表しているようだった。

ただ目の前の荒船だけを見て、荒船のことだけを考えているその目に、どうしようもなく興奮した。




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