「名字さんこんにちは」
「三雲くん! こんにちは」
おずおずと頭を下げるのは迅のところで日々奮闘している三雲くんだ。ボーダーでは珍しい素直で良い子な彼が、目に入れても痛くない後輩ランキングの上位に居座っているのは必然である。
顔を赤くして視線をさまよわせている姿にきゅんとくる。緊張しているのか困っているのかその場から動かない彼に目を細めて手招きした。
素直に寄って来る彼は中学3年生で168cmという身長からしてなんとも平均的な男の子だ。全中学生の模範的人物である彼は十中八九貞操感も中学生のそれであり、女性にキスするというのはやはり抵抗があるのだろう。
「えっと……目を、瞑ってください」
だからこそ、彼の口から出たそのセリフを飲み込むのがワンテンポ遅れた。
「あ、うん」
まさかまさか彼の方がリードしてくれるなんて。手とか比較的ライトな部分に軽くちゅってしてくれるのかなーとか思っていた1分前の自分の目を覚ましてやりたい。
大人しく目を瞑った名前は無駄にドキドキしながらその瞬間を待つ。視覚情報が遮断された世界で、彼の近づく気配がやけに正確に感じ取れた。
柔らかい感触が落ちたのは、伏せた瞼。
彼が離れた気配がして、私もゆっくりと目を開けた。その顔は、想像どおり赤い。
「瞼……」
なるほど流石に唇ではないかと納得するも、なぜ瞼なのかと疑問が浮かび、思わずポツリとその疑問が口をついて出た。三雲くんはそんな私を見て弁明するように言葉を紡ぐ。
「前に名字さんがうたた寝しているところを偶然見てしまって、その、普段寝ているところも想像できないほど活躍してる名字さんのそんな姿が珍しくて、なんかいいなって思ってしまって。その時のことを思い出して、瞼に……」
「そっか……」
模範的回答以上のしっかりした理由と、彼らしい素直な言葉に、今度三雲くんを美味しいお店に連れて行こうと自分の先輩魂に誓った。
瞼 憧憬