隠岐の言動をいちいち真に受けてはいけない。
「名前さん今日もかわええなあ」
「…………」
「無視はちょっとひどいんとちゃう?」
廊下や休憩スペースで偶然会う度に名前を持ち上げてくる。最初の頃は突然どうしたの、とか褒めても何もでないよ、とか言ってきたが、あまりにもしつこいので言葉を返すことを止めてみた。真面目に返す方が馬鹿らしくなってきたのだ。
無視はさすがに堪えたのか、その軽い口をむうっと膨らませて抗議の目を向けてくる。
「なあなあ名前さん」
「…………」
なおも話しかけてくる隠岐が不憫に思えてきたが無視のスタンスは変えない。ここで構うと彼が付け上がる。
ただひたすら目の前のタブレットに目を落とし周りを遮断する。集中、集中……。
「なあ名前さん、こっち向いてぇな」
その声はズルいなあ。
隠岐の鼻にかかった声がいとも容易く名前の頭に入り込む。きっと彼は意図してこの声を出しているのではない。普段からの喋るスピードと独特の関西弁、そして無視された不満がスパイスとなって名前の耳を刺激するのだ。
名前はやはり何も語らず、しかし視線だけを隠岐に向けた。ぱちりと合った隠岐の目がみるみる細められていく。
「おれ、本気なんやけどなあ」
そう呟いた隠岐の柔らかい唇がちゅっと名前の鼻の頭に落とされる。
「なっ……!」
「ほんまかわええわあ」
不意をついた彼は真っ赤に染まった名前の頬を撫で、満足げな笑みをこぼした。
鼻 愛玩