にらめっこしましょ


「そんなにじっとオレの顔を見てどうしたの? わかった、にらめっこだね! 能面のような苗字ちゃんとオレで勝負しようか!」
王馬くんの百面相が不思議でじっと見ていただけなのに、いつの間にかにらめっこが始まってしまった。
彼の表情筋がどこまで柔軟なのか分かるかもしれないと思い、少し顔を近づける。

「にしし……オレの顔がそんなに不思議?」
王馬くんは私を探るような、それでいてどこか楽しそうな目で私を見返す。

「うん。不思議だよ。王馬くんって表情筋が柔らかいんだろうね」
私は王馬くんの頬を押したり摘んだりしてみた。思っていたよりもむにむにとしていて気持ちいい。

「オレのほっへたきほちいい?」
頬を引っ張られながらも喋る王馬くんの言葉は理解できないが、なんとなく返してみる。
「むにむにしてて気持ちい、ひっ!?」
語尾が変になったのは王馬くんに頬を摘まれたからだ。決して私の頭がおかしくなったわけではない。

「これひゃにらへっこにならないよ」
私は王馬くんの頬を摘んでいる手を自主的に下ろす。

「大丈夫!今の苗字ちゃんはとっても笑える顔してるから!」
「ひほい!」
ちゃんと喋れてない私の言葉を彼は理解しているのだろうか?いや、理解した上で私の顔で遊んでいるのだろう。


それなら私だって…

王馬くんの頬を両手で挟む。やっぱりむにむにして柔らかい。
「何?オレで遊ぼうっての?苗字ちゃんのくせに生意気だなー」

その時、王馬くんの視線が一瞬動き、私の頬を摘むのを止めて手を降ろした。

その直後、

「あ、え?……ご、ごめん!」
廊下の角から最原くんが現れたのだが、私達を見て大慌てで引き返してしまった。


最原くん?どうしたんだろう?

王馬くんの頬を挟んだままの私は、疑問を投げかけるため、王馬くんの方に顔を向ける。

「にしし!」
それはそれは楽しそうに笑っている王馬くんを見て、私は次第に状況を把握し、顔が熱くなっていくのを感じた。
すなわち最原くんは、王馬くんと彼の両頬に手を添える私を見たのだ。
そんな状態で向かい合っている男女って…いかにも…


「いいいいいやいやいや!違う!最原くん!誤解だよ!」
私は今ここにいない彼に必死の弁明をする。
「どうしたの?何が違うの?」
王馬くんはきょとんとした顔で私に尋ねる。わかってたくせに!さっきまでニヤニヤしてたくせに!

「た、大変!最原くんの誤解を解かないと!」
「誤解?最原ちゃんがどんな誤解をしたの!?」

王馬くんは大袈裟な態度で驚いてみせる。
白々しいその態度を見ながら、焦ると同時に彼に感心してもいた。なぜ最原くんが来ることがわかったのだろうか。まさか足音…?そうだとしたら赤松さんも目から鱗な聴力の持ち主である。何にしろ目の前のいたずらっ子をたしなめて最原くんの誤解を解かなければ私の立場がない。

「わかっててあの状況を作り出したくせに…!王馬くんも誤解を解きに行くのについて来てよ」
「え、全然わからないよ…。どんな誤解なのか説明して?」
いつまでしらを切るつもりだ、この…ほっぺたむにむにの嘘つきやろう…!
「だから…その…私と王馬くんが…き、き……」
顔に熱が集まるのを感じ、舌も回らなくて言葉をつまらせる。

やっぱり最原くんがこの誤解をしてしまったという考えがそもそも誤解なのかもしれない。うん、きっとそうだ。私は勘違いしていたのだ……うん。もうこの話はやめよう…


そう自身に言い聞かせた私は、唇に何かが当たったのを感じて思考を止めた。


それが王馬くんの唇だと気づいたのは、彼が顔を離してから。

「にしし。これで誤解じゃなくなったね!」
彼のにっこり笑う顔を見ながら、徐々に理解していく。

「は、へ、え?」
一気に顔が熱くなってきて、混乱する脳内で心臓の音が激しく鳴り響く。
熱を持った自分の唇にそっと触れる。そこには確かに王馬くんの感触が残っていた。


目の前の王馬くんは、純粋に楽しんでいるようであり、目の前の獲物を逃さない鋭さも感じさせる真意の読めない顔でただ口角を上げている。

気まずさを感じ始め視線を彷徨わせる。どうして何も言わずに私の顔を凝視しているのか。

とにかくその無言の空間に耐えられなくなり咄嗟に王馬くんの両頬を摘んだ。
王馬くんは大きな目をさらに丸くする。その状態で暫く時間が止まっていた。この後どうするかを考えていなかったのだ。今の私は先のことまで考えられるような状態にない。

「先に笑ったから王馬くんの負け!」
ほとんどパニックになりながらそう言い捨ててその場から逃げ出した。


照れを振り払うように走るけれど、鼓動は早まり身体の熱は上がる一方だった。





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